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2006年7月31日

文月三十一日の歌

山姥の巡れる山の四季の色浮かびて消ゆる素踊り悲し


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梅雨が明けて暑くなるのかと思っていたが、やたらと爽やかである。朝晩などは涼しいほどで、エアコン要らずである。

今日は東京都内に住む長女と、ある日本舞踊の会に行っていた。お祭り、助六、山姥の三番である。とくに、最後の山姥の素踊りは素晴らしかった。

会が終わって、神田のそば七で鴨せいろを食し、たった今、帰宅したばかりである。

踊りの会で、記念のお花をもらってきたのを花瓶に生けた。妻は近頃とみに体の弱った年上の方の白猫の世話にかかりきりなので、私が自分で生けたのである。花を生けたことなどないので、どうも様にならない。

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2006年7月30日

文月三十日の歌

地に映る木立の影の際だてばさしもの梅雨も明けたりと知る


やっと関東の梅雨明け宣言が出た。八月は暑い夏になるということだが、本当にそうなるのだろうか。気象庁の中長期予報は、当たる確率が五割以下だから、信じない方が精神衛生にいいみたいなのだが。

ところで、梅雨が明けたので、久しぶりにすっきりとした青空になった。日差しが強くなって感じるのは、地面にうつる影の濃さである。そうそう、このくらいくっきりとした影でないと、夏のような気がしないよねと言いたくなる。

近くの木立で、蝉が鳴き始めた。この声が聞こえてくると、本当に夏のような実感が湧いてくる。

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2006年7月29日

文月二十九日の歌

梅雨明けと言ふには雲の多くしてキーボード打つ手に滲む


昨日の三時頃に、発注していたデルのパソコンが届いて、ほぼ一日がかりでセットアップと自前の環境構築を終えた。

何しろ、新しいパソコンを使い始めるということは、オフィスを引っ越すようなものである。

言うまでもないが、インターネットの設定をし、普段使うプログラムをインストールし、それぞれのソフトの設定をカスタマイズし、単語登録されたユーザー辞書を設定し直し、いろいろな接続のパスワードを設定し、その他、細々とした部分に手を加えなければならない。

ウェブサイト関連の FTP 設定復旧だけでも大変だ。プライベートばかりでなく、仕事で請け負っている部分もあるし。

まだ細かな部分で、すっかり自分用の設定にはなっていないが、ようやく日常的な処理はあまりストレスなくこなせる環境が戻った。

梅雨明けはまだだというのだが、空は梅雨空というわけではない。ただ、この程度では、気象関係者の美学では、梅雨明け宣言をするわけにいかないのだろう。

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2006年7月28日

文月二十八日の歌

鮮やかに夏色の花咲きをればその片仮名の名ぞ知り初めき


梅雨明け直前の、なんだか中途半端な季節感だ。雨ばかり続いたので、景色の中に花が少ないような気がしていたが、裏の川の土手を歩くと、案外小さな花を見過ごしていたとわかった。

写真の花は、鮮やかな黄色の花なのだが、例によって名前がわからない。

図鑑を首っ引きしたところ、どうやらルドベキアというもののようだ。別名をオオハンゴンソウとか、アラゲハンゴンソウとか、マツカサギクとかいうとあるが、ルドベキアという名の方が、ずっと通りがいいらしい。

ルドベキアはいろいろなバリエーションがあって、これはその中でも小さな種類のようだ。

北米原産なので、高温多湿には馴染みにくいらしく、本来は夏の花なのに、むしろ夏の終わりに爽やかになってからの方が、きれいに花を咲かせるらしい。このあたりに多少目立ち始めたということは、梅雨も終わりに近いということか。

最近、近所に引っ越してきた家に、小さな子供がいて賑やかだ。この頃、町内の子供がみんな育ってしまって、その親の世代もだんだん年寄りじみてきていたので、すこし華やいだような気がする。

その一方で、今建築中の家もあり、平屋なので、年寄りが越してくるのだなと想像される。

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2006年7月27日

文月二十七日の歌

東京の梅雨明け近き空の下あまたの向きの矢印はあり


今日は曇り時々晴れという天気。昨日の上天気とは違い、暑さもさほどではないが、それでもやはり、外を歩くと汗をかく。

昼頃になって、天気予報どおりに時々日が射すようになった。このまま梅雨明けということでもよさそうな気もするのだが、週末に一度崩れそうなので、それ以後でないと、梅雨明け宣言は出せないらしい。

昭和通りの交差点。この時点ではかなり曇っていたので、ガード下は暗く写っている。

左に行けば上野、右に行けば銀座。直進したら、人形町を通って箱崎にいたる。箱崎には、成田空港の出先 (T-CAT 東京シティエアターミナル) がある。

下町情緒漂う通りの突き当りが、急に近代的になるのが面白い。

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2006年7月26日

文月二十六日の歌

毎年のこの日の如く夏空は広がりてあり梅雨も明けぬに


誕生日になったとたんに、梅雨が明けてもいないのに上天気になった。我ながら晴れ男らしい話である。

昨日の日記で、6年に 1度は自分の誕生日以後に梅雨が明けていると書いたが、今年のように、梅雨は明けていなくてもその日に限って晴れるということもあっただろう。

だから、自分の誕生日は晴れが多いという印象は、多分間違っていないのだろうと、納得した。

我が家の裏の土手に出てみると、空は完全に夏の色。川原の葦の葉も、強い日差しを照り返して輝いている。

九州と四国の梅雨は今日で明けたようだが、関東は来週になりそうだという。そんなことが信じられないほどの空の色と暑さである。

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2006年7月25日

文月二十五日の歌

誕生日を過ぎても梅雨は明けぬらしさほど稀なることにあらねど


いきなり細かい話で恐縮だが、日本人は誕生日の当日ではなく、その前日に年をとるのである。

そのへんの事情については、私のもう一つのブログ "Today's Crack" (一昨年 12月 22日付) で触れている。民法でそう規定されているのだ。

人間は誕生日当日に年をとるものと思っていた方には、甚だお気の毒だが、とにかくそういうことになっているのだ。

もっとも、人間の歳なんていうのは、決め事だから、決め方によってどうにでもなる。戦前は数え年方式で、大晦日に生まれた赤ん坊は翌日には二歳になっていたのだから、それに比べれば、まだ影響が小さい。

というわけで、私も本日で年をとった。誕生日は明日だが。(何歳になったかなんてことには、敢えて触れたくない歳になったとだけ言っておこう)

朝から降っていた雨は、昼頃に止んだ。さしもの梅雨前線も、だんだん力が尽き始めたようだ。

気象庁のサイトで調べると、私が大学に入って上京した昭和四十六年以後 (しまった、歳がばれてしまう)、関東甲信越の梅雨明けが私の誕生日以後になったことが、計五回ある (参照)。今年は六回目となりそうだ。

三十六年間で六回となると、六年に一度ということだ。東北南部に暮らした十八歳まででも (ああ、これでしっかりばれたな)、三回だから、ペースは同じ。それほど珍しいことでもないとわかる。

アスファルトの路面に残った水溜りに、ビルと薄日が映り込んでいる。

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2006年7月24日

文月二十四日の歌

水撥ねるタイヤの音も和らげて真緑の田は広がりてあり


久し振りに、朝から梅雨らしいしとしと雨。梅雨らしいといっても、その 「梅雨らしさ」 は、時期はずれになりつつあるけれど。

朝、ゴミ出しに行ったら、集積所に昨日の一斉草刈りで刈った草が、ゴミ袋に入れられて山積みになっていた。草なんて、放っておけば土に戻って、その土が豊かになるのに。

わざわざ燃料をかけて燃やすために、処理場に送らなければいけないものなのかなあ。

ちなみに、ウチの庭に面した土手の部分は、刈った草を敢えてそのままにしておいてもらっている。おかげで、越してきたときは瓦礫で埋め立てたような有様だったが、今ではかなりいい土壌に変化している。

我が家の階段の踊り場から見渡すと、月並みの言い方だが、緑の絨毯のような田んぼが広がっている。

その向こうの県道から、水を撥ねながら走る車の音がひっきりなしに聞こえるが、緑の絨毯の緩衝帯でその音も和らいで聞こえる。

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2006年7月23日

文月二十三日の歌

生ひ茂る草刈り終はり夕暮れの風を渡さむ窓を開きて


今日は町内の自治会の一斉草刈りの日で、朝から住民総出でぼうぼうに伸びた雑草を刈り取った。

私は電動草刈機で、我が家の裏手の土手に沿った部分の一番頑固な雑草を、さながら絨毯爆撃の如く、端から100メートル以上も一人で総なめにして刈り取った。

多分、刈り取り面積でいったら、ダントツ・トップだろう。我ながらまだまだ体力がある。自信を持ってもいいようだ。

とはいえ、一仕事終えるとさすがに疲れが出て、午後はコーヒーを飲みながら久し振りにゆったりと過ごし、3時ごろから仕事場の落雷対策配線をしているうちに、いつの間にか日が暮れてしまった。

まだ雨が降っていないので、窓を開け放していられる。草刈りが終わり、背の高い草がなくなって、風通しがよくなったようで、家の中を涼しい風が通り過ぎる。

しかし、日付の変わる頃から、この辺りもまた雨になるらしい。

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2006年7月22日

文月二十二日の歌

蕾さえ気付かざりしに今朝見れば白き木槿は咲いてゐるなり


忙しかった十日間が過ぎて、今日は久し振りに自宅で過ごしている。とはいえ、落雷で昇天したいろいろな家電などの復旧に、ぼちぼちと取り掛かっているので、のんびりできているわけではない。

今週の火曜と水曜に行った熊本県人吉の取材先からメールが入った。あれから人吉は豪雨と雷に見舞われて、大変なことになったらしい。

あの日を逃しては、仕事にならなくなるところだった。どうやら、人吉に行ったのは絶妙のタイミングだったようだ。

昨日までは一輪も咲いていなかった我が家の裏のムクゲが、今日はいくつか咲いている。花というものは、咲くときは、さりげなくさっさと咲くものだ。

梅雨も、さりげなくさっさと明けてくれるとありがたい。

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2006年7月21日

文月二十一日の歌

千里越え飛ぶ力得し顔なりき巣立ちも近きつばくろの雛


昨年の今頃も歌にした (参照) が、スタバの看板のツバメの巣で、雛がかなり大きく育っている。

昨年の写真は七月十二日時点のものだが、今年はそれより一週間以上遅いので、その分だけ雛も大きくなり、親鳥と見分けがつかないほどだ。

ひし形のくちばしだけのようだった少し前とは、様変わりである。他人の家の子供が育つのはとても早く見えたりするが、ツバメとなるとなおさらだ。巣立ちも間近だろう。

しかし、大きく育ったといってもそこはそれ、小さな鳥である。こんな小さな鳥が千里の波頭を越えて南の国に渡るというのは、よく考えると、途方もないことのように思われる。

親鳥のつがいから三~七個の卵が孵るというが、それでもツバメの数は大して増えもせず、一定に近いというのは、何羽かの雛は生き延びられないということなのだろう。自然の摂理というのは、なかなか厳しいものである。

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2006年7月20日

文月二十日の歌

シートにて囲はれしビルの高きより電動カッターの音の雨降る


ドサ廻りから戻って、久し振りに神田のオフィスに出ている。しばらく空気のいいところにいたせいか、都会の空気がねっとりと重苦しく感じられる。鼻毛が伸びそうだ。

空は相変わらずどんよりと曇っているが、降ってはいない。

先ほど、大阪の関係筋から電話が入り、話のついでに 「東京の雨はどうですか?」 と聞かれた。

「降ってないですよ」
「へっ、今日は日本中、雨なんとちゃいますの?」

どうやら、大阪は土砂降りのようだ。気の毒に。

そういえば、最近はテレビを見れば大雨の災害が報じられているが、私はこの一週間、一度も傘をさしていない。降らないわけではないのだが、私が屋外に出ると、必ず雨が止む。

ただ、雨は降らないが、向かいのビルの工事で電動カッターで金属か何かを切っている鋭い音が雨あられのように降り注いでくる。なにやら、歯医者のヤスリのような音で、ちょっと奥歯のあたりがひいやりする。

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2006年7月19日

文月十九日の歌

城跡に城は見えねど不揃いの石垣に生す苔はもの言ふ


人吉での仕事が終わった。朝の天気予報では一日中雨ということだったが、そうはならないところが私の晴れ男たる所以である。

早朝には降っていたが、九時過ぎには止んだ。同行カメラマンと相談して、屋外撮影の必要な部分は午前中に済ませることにした。すると、きちんと午前中は降らずにもってくれた。

最後の屋外撮影の済んだ十二時過ぎに、まるで計ったように土砂降りになった。しかし、屋内の取材が済んで帰る頃には、また止んで曇り。そして、人吉から鹿児島空港に向かうバスに乗っている間は、また土砂降り。

羽田に着いたときには止んでいて、取手駅から車を停めてある駐車場に歩く間も、道路は濡れていて大雨が止んだばかりの状態だった。

つまり、何度も大雨は降ったが、まったく傘をささずに済んだというわけだ。お天気の神様に感謝である。

心残りは、空港の売店で球磨焼酎を買って帰りたかったのだが、飛行機に乗るのが熊本空港ではなく鹿児島空港であることを忘れていたことだ。鹿児島空港には、芋焼酎しかなかった。私は芋焼酎は苦手なのである。

写真は、人吉城跡の石垣。復元された大手門などが残るのみで、石垣の上の城は、今はない。

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2006年7月18日

文月十八日の歌

消え去りて久しきものの影なれば球磨川に沿ふ城跡青し


夕方に熊本県の人吉についた。まず鹿児島空港に来て、そこから高速バスで人吉まで約一時間である。

曇り時々雨という予報だったが、着いてみると案外日が射していて、球磨川のほとりの人吉城跡まで散歩すると、首筋がヒリヒリするほどだった。

この人吉城は、平成十八年の日本百名城に選ばれたそうだ。

残念ながら、城跡に建つ歴史館は、本日休館。そればかりではない。夕食を取ろうと思っても、街のメシ屋 (蕎麦屋、うどん屋含む) は、軒並み四時半か五時を過ぎると閉店で、後は居酒屋しか開いていない。

同行のカメラマンは酒を飲まないので、コンビニで弁当を買ってホテルの部屋で食うという。こちらも一人で飲んでも仕方がないので、どうでもいいラーメン一杯でお茶を濁す。この街は、日が暮れると何もなくなる。

幸い、ホテルには天然温泉の大浴場があるので、のんびり風呂に入って、明日に備えることにする。

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2006年7月17日

文月十七日の歌

ビニールの傘のみ光る夕暮れの坂道の果て明けぬ梅雨空


つくばの地に戻ってきた。戻れば相変わらずの雨模様である。

道路は濡れて光り、道行く人は皆傘をさしている。その傘の八割は安物のビニール傘だ。今や、まともな傘は珍しい存在となったようだ。

明日からは休む間もなく、熊本の人吉に出張だ。九州は梅雨明けになっているのではないかと期待していたが、どうやら先延ばしになったようで、明日と明後日は、雨傘マークがついている。曇り時々雨といった天気のようだ。

まあ、台風がやってこないだけありがたいとしておこう。晴れ男の私のことだから、必要なときには雨は止んでくれると思うので。

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2006年7月16日

文月十六日の歌

行く水は鏡となりて人の世をただ映すのみ決して裁かず


京都の奥地に来ている。この辺りは、携帯電話がつながりにくい。携帯電話がつながらないのだから、PHS なぞ、到底無理である。

私のノートパソコンは、モバイルではもっぱら PHS でインターネット接続しているのだが、そんなわけで、和歌を詠んでも、和歌ログにアップできない。

これでは、帰宅してからまとめてアップするしかないだろう。

宇治川がきれいにみえる。川面は静かで、岸の山肌の緑がきれいに映り込んでいる。

もっとも、このきれいな光景は昼までで、昼過ぎには大雨となり、川の流れもにわかに急流になった。梅雨の終わりの空模様は、油断がならない。

まあ、こんな自然の中だから、自宅のパソコンが落雷で死んでしまったことはしばらく忘れていよう。

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2006年7月15日

文月十五日の歌

夏の日の連休初日半袖とショートパンツの人の固まり



昨日、酒田から帰宅したら、あの有名なつくばの雷が我が家に落ちていて、風呂釜/ボイラーと、パソコンとADSL 回線が死んでいた。ショックである。

その修復に取り掛かる間もなく、今朝は今朝とて、京都に出発だ。三連休の始まりで、東京駅は大混雑だが、私は仕事である。

まあ、京都の夏は暑いので、まだ仕事で涼しい場所に居られる方がいいかもしれないが、それにしても、なかなかハードスケジュールである。

もしかしたら、明日の更新は無理かもしれないが、まとめて明後日にでも更新するつもりなので、ご了承いただきたい。

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2006年7月14日

文月十四日の歌

腹の下に小猿を抱く母猿の目より溢るる哀しき力


酒田から帰宅した。途中、上山 (かみのやま) の原口そばやに寄って、類稀なる田舎そばを食し、そのまま米沢に向かわずに、金山峠を越えて、宮城県の七ケ宿に抜けた。

今回の帰郷は、行きも帰りも峠越えとなった。金山峠は笹谷峠にも劣らない秘境で、なんと、途中で野生の猿の群れに遭遇した。

車を停めてカメラを向けると、みなそそくさと森の中に逃げ込んでしまったが、中の小猿を連れた母猿を辛うじてカメラに収めることができた。母猿のおなかの下にしっかりつかまってぶら下がっているのが小猿である。

野生の猿というのは、なかなか目に力がある。こちらを振り向いた表情には、「人格」 に近いものすら感じられた。

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2006年7月13日

文月十三日の歌

家移りをして半年の庭先で芽からやり直しの沈丁花


ココログの四十八時間にもわたる大規模メンテで、管理画面に入ることもできなかったため、昨日はリザーブの楽天ブログでの更新になったが、ようやくココログが復活した。

ココログのメンテは、今まで予告された時間通りに終わったためしがなく、さらに、メンテが終わるとかえって不具合続出というケースが多かったので心配していたのだが、今回は予定より 三十分も早く終了した。

それに、少なくとも今のところはサクサク動いている。これが夜間のアクセス殺到時間になったらどうなるか、予断は許さないが、「やればできるじゃないか、ココログ!」 と、一応言わせていただこう。

引っ越して半年を過ぎた実家は、だんだんと格好がついてきた。前の家にあった沈丁花は移すわけにいかず、新たに育てている。

雨が降り続いているが、これはこれで、なかなかいいものだ。大雨洪水警報が出ているわりには、それほどの降りじゃないし。

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2006年7月12日

文月十二日の歌

いにしへの峠の道の山並みの彼方に望む山形の街


早朝に家を発って、酒田に来ている。途中、仙台に寄って、久し振りに妻の母の墓参をしてきた。

仙台に着く前、福島の辺りでは大雨だったが、仙台では日が当たって暑いほどの陽気だった。

仙台から酒田までは、敢えて高速道路を使わずに、一般道を通った。笹谷トンネルは高速道路の山形道の一部になっているため、通れない。

そこで、今回はその歴史を平安時代にまで遡ることのできる峠道を越えた。Wikipedia には、「すぐせやな名ぞいなむやの関をしもへだてて人にねをなすからん」(源俊頼・散木奇歌集)、「ふた國の生きのたづきのあひかよふこの峠路を愛しむわれは」(斎藤茂吉) の歌が紹介されている。

ほとんどは車二台がすれ違うこともできないほどの山道で、途中でバイク二台、車一台としかすれ違わなかった。

写真は、峠を越えて山形側に少し降りたところから山形市方面を望んだところである。山並みの重なる彼方に、山形市の街並みが見えるのだが、写真ではわかりにくい。

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2006年7月11日

文月十一日の歌

丁重に蜘蛛を捕らえて暁の緑色濃き庭に放てり


今日の昼過ぎからココログが大規模メンテナンスに入るので、11日の和歌日記はココログでは更新できないと思っていたのだが、ちょっと早起きしてやってみることにした。

写真はお手軽に、我が家の二階の窓から見た景色を撮って済ませた。夏色の緑である。濃い緑だ。

梅雨が明けて真夏になってしまうと、もっと白い光になるのだが、今どきの緑が一番濃い色に見える。

さすがに田園地帯である。早朝にパソコンに向かったら、我が家のデルの本体の上を、一匹の蜘蛛が這っていた。

蜘蛛の巣というのは、天然の防虫ネットになるので、外回りの蜘蛛の巣は無闇に払い取ってしまわないようにしているのだが、パソコン回りに蜘蛛の巣が張ってはたまらない。

丁重に捕まえて、外に待避してもらった。

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2006年7月10日

文月十日の歌

梅雨時の床屋の角の路地裏で湿り気残すタオル八枚  


今日、明日と、都内での仕事をこなしたら、明後日からは帰郷である。二ヶ月に一度、寝たきりの母の介護をしている父の応援だ。

それを皮切りに、八日間の旅の空となる。体調を崩さないようにしなければ。

今日の天気は、晴れているような、いないような、微妙な天気なのだが、蒸し暑さだけは日に日に増している。

昼食に出かけると、神田の大通りに面した理髪店の角を入ったところに、商売用のタオルなのか、数枚が乾かしてあった。

何だか、昭和の頃の光景のようだが、当時はもっと多くの枚数がずらりと吊るされていたような気がする。近頃は、理髪店もあまり客が多くないのか、この程度で済んでいるのだろうか。

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2006年7月 9日

文月九日の歌

濡れ濡れし路面に映る街の灯をヘッドライトは打ち消して行く


夜になってから、水戸方面から常磐道を飛ばして帰ってきた。つくばに近づくほどに、雨が本格的になる。

七時頃まではまだかなり明るいが、七時半を過ぎると、さすがに日が暮れる。つくばに降りた頃には、完全に夜の闇である。路面にいろいろな光が映り込んで反射し、車線すら見えず、走りにくい。

週間予報をみると、火曜日までは雨が降りやすいが、水曜から金曜までは、晴れ間が出るようで、それは、故郷の庄内も同様のようだ。

実は、まさに、この水曜から金曜まで帰郷する。私が帰郷すると、必ず晴れる。梅雨でも冬でも、とにかく晴れる。ありがたいことである。

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2006年7月 8日

文月八日の歌

久方の日は射し来たり我が影の脚の運びを眺め歩きぬ


夜になるとココログの管理画面が異常に重くなるのに慣れっこになっていたのだが、近頃では、朝でも昼でものべつ重いので、かなりストレスだ。

これを解消するために、十一日の午後二時から、四十八時間かけたメンテをするそうだが、その間、ココログの更新ができなくなる (閲覧はできるらしいが)。

仕方がないので、毎日更新を続けるために、十一日から十三日までの三日間は、リザーブに作ってある楽天ブログの方で更新したい。十三日の夜に、まとめてココログにコピペしたいのだが、さて、ちゃんと作動するのかな。心配である。

今日は久しぶりで日が出て、散歩すると、地面に自分の影が映った。それでも、空の大部分は薄雲に覆われているので、専門家は 「晴れ」 とは言わずに 「薄曇り」 あるいは 「曇り」 というんだろうなあ。

専門家と一般庶民の感覚のギャップというのは、小さな違いが大きな違いである。

裏の空き地のバラは、ちゃっと花を咲かせ続けてくれている。これでどうやら安心だ。

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2006年7月 7日

文月七日の歌

薄紅のマジョラムの花蜜蜂を呼びて行き交ふ羽音かそけし


世の中では、今日が七夕だといっているけれど、七夕を月遅れで祝う東北出身の私としては、そんなことを言われても、違和感の固まりになるばかりだ。

有名な仙台の七夕祭りにしても、月遅れの八月七日で実施される。土台、梅雨も明けないうちから七夕だなんて言われても、織姫と彦星に気の毒なことである。

何度も書いたことだけれど、本来の七夕は夜が長くなって、少しは涼しい風の吹き始めた頃という季節感の行事である。それは、元々、旧暦の七月七日に祝われたからだ。

で、今年の本当の七夕はというと、ちょっと珍しいことに、二度あるのである。今年の旧暦は七月と閏七月があり、つまり、七月が二度あるので、七月七日も二度あるのだ。織姫と彦星は、今年は二度デートができる。よかったね。

我が家の玄関先のマジョラムに、蜜蜂がたくさんきて蜜を吸っている。

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2006年7月 6日

文月六日の歌

平壌も東京もまた何事もなきかの如く人は行き過ぐ


今日は朝から晩まで都内あちこちで仕事。ありがたいことに、曇ってはいるが、雨は降りそうにない。ただ、少し蒸し暑いが、これは梅雨時のことなので、仕方がない。

ニュースを聞くと、平壌市内はテポドン発射のニュースすらなく、平静だというが、そんなことを言えば、東京だって、ニュースではどんどん報じられてはいるが、いつもと全然変わらない。

ミサイルが日本海に落ちようが、人々は日々の暮らしにまい進している。

神田駅前の十字路。中央線がいつものように音を立てて高架を通過し、下の交差点を、タクシーが行き過ぎる。

まったくいつもと同じ光景である。こうした光景が何事もなく続くように願いたい。

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2006年7月 5日

文月五日の歌

鉄屑と燃料を海に捨つる国の人如何ばかりひもじかるらむ


朝起きると、いきなり北朝鮮からミサイルが連続して発射されたというニュース。うんざりするうちに、夕方になって、さらにもう一発発射された。

一日中雨。それも、かなりまともな雨が続く。ミサイルは、まだ何発か発射されるかもしれない。

今日はとくにでかける予定もないので、家に籠もって仕事をする一日だった。雨のため、庭にも出られない我が家の猫が、退屈して鳴きながら脚にからみつく。

来週半ばからは、帰郷と二度の出張が続き、八日間を旅の空で過ごすことになるので、その間の準備もある。

十八日からは、熊本県に行くことになるが、その頃には、九州は梅雨が明けていることを期待する。明ければ明けたで、暑い旅になるだろうが。

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2006年7月 4日

文月四日の歌

予報でも降ると言はれし雨なれどかくまで空の暗きものとは


昨日に続いて、夕立が降った。

今日は都内某所で仕事だが、朝からいつ降ってもおかしくない雲行きで、昼食に出かけたときも、ポツポツ降ったり止んだりしていた。

それが、仕事に夢中になって気付かないでいるうちに、四時前からまともな雨になったようだ。昨日とは違って、雷がなったりもしなかったので、まるでさりげなく降ったわけだ。

ふと気付くと、四時前なのに、外は夕方のような暗さ。路面はすっかり濡れている。さて、仕事が一段落して帰路に付く前に、雨は止んでいるだろうか。

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2006年7月 3日

文月三日の歌

梅雨空の下のデジャヴゥに忍ぶ差異を知りゐたるらむデジタル画像


相変わらずの降りそうでなかなか降らない梅雨空が続いていると思っていたところ、夕方に雷とともにざっと一雨降って、一時間も経たずにさっと止んだ。

地面が雨で冷やされて、急に涼しくなった。夕立は、自然の打ち水である。

お昼頃にちょっと用足しに出かけたときに、小貝川の岡堰というところの土手から、堰の中の島を写真に撮ってみた。

なんだか以前にも撮ったことのある風景だと、ちょっとした既視感を覚えて、辿ってみると、和歌ログのトップページにおいてある 「Web 拍手」 のお礼画面のひとつに使っている写真と、同じ木が映っている。

お礼画面に使っているのが、左にある写真だ。こっちの方は、春の新緑の頃の写真のようで、まだ木の葉が少なく、すかすかだ。それが川面にきれいに映り込んでいる。

今日の川面は細かい波が立っていて、あまりきれいに映り込んではいない。こうしてみると、同じ風景でもずいぶん違うものだ。

デジャヴゥにも、きちんと辿ってみるとちょっとした差異があった。今日の和歌は、説明なしには何のことやらわからない歌で、恐縮である。

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2006年7月 2日

文月二日の歌

夕焼けと言ふには穏やかなる色の日の沈み行く長き夕暮れ


知らないうちに少し雨が降ったような形跡があったが、今日も概ね、曇りがちのまあまあのお天気。

夕方、水戸方面からつくばに戻る途中では、夕焼けというほどではないが、きれいな夕日が見えた。

以前、新しく買った携帯電話が二百万画素以上の性能なので、ちょっとした外出では、デジカメではなく、携帯電話で写真を撮りたいというようなことを書いたが、近頃、またデジカメに戻ってしまった。

やはり、携帯電話は携帯電話で、写真は撮りにくい。餅は餅屋というごとく、写真はデジカメで撮るに越したことはない。

携帯のデジカメ機能は、専用のデジカメを忘れて外出したときの緊急用と割り切っておこう。

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2006年7月 1日

文月一日の歌

猫のゐる最も居心地よき場所に人は一日留まる能はず


今日から七月である。朝方には激しい雨が降っていたが、すぐに止んで、梅雨っぽい空模様とはいえ、曇り空の一日となった。

我が家には年上の白猫と年下の黒猫がいるが、黒猫の方は、寝室のベッドの足元あたりでゴロゴロするのがことのほか気に入っている。

今日も今日とて、後ろ足だけは落っこちないように縁にきちんと当てながら、横になっている。

この部屋にいる限りは、エアコンも効いているし、楽なのである。猫は一番居心地のいいところにいる。人はそこに一日いるわけにもいかないのだが。

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