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2006年12月31日

平成十八年大晦日の歌

世を映し行く川の水来る年も今日の如くに穏やかであれ


今年も今日で終わり。このところずっといい天気で、景色もあまり変化がない。

同じような写真ばかり続くようだが、よく見ると、この四~五日では今日が一番風が弱く、川面にも波がない。穏やかな大晦日だ。

元日の昼までは、このまま晴れるらしいが、その後は曇るようだ。初日の出は拝めるだろうが、私は近頃、大晦日の夜更かしのせいで、元旦は早起きしたことがない。もし起きられたら幸いだ。

願わくは、来る年も今日の川の流れのごとく穏やかであれ。良いお年を!

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2006年12月30日

師走三十日の歌

青空に半月見えて故郷は風雪注意報のもとにあるなり


天気が良すぎて、昼にはもう空の高いところに半月の出ているのがみえた。

今日の写真 (右) の左上にぽつんと見える白いシミのようなのが、その半月である。念のため、下にそれを拡大しておこう。拡大してもわかりにくいかも知れないが、紛れもなく半月である。

それにしても、きれいな青空である。風が強いからこそ、こんなにもきれいに晴れ渡り、そして昼から月が見えたりもするのだが、その分、田舎は吹雪になる。

今日のラジオ・ニュースで、まさに我が故郷、酒田でかなりの強風になっていると告げていた。風速何メートルだかは聞き漏らしたが、昨年の今頃、特急いなほが風に煽られて脱線転覆しているのが記憶に新しいので、引き合いに出されたのだろう。

明日は大晦日。NHK FM の 「みんなのうた」 の特集を聞きながら大掃除の仕上げをし、夜に K-1 を見終えて一息ついているうちに、年は明けてしまうだろう。

やれやれ、最近、本当に時の経つのが早く感じられる。

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2006年12月29日

師走二十九日の歌

年の瀬の川面の波は駆け抜ける瞬きの間の風の速さで


冬らしくなった。真上の空は晴れ渡っていても、北西側の景色は分厚い雲に覆われている。

酒田市内はまだ雪は積もっていないようだが、朝日 Cam の画像を見ると、月山越えにかかる道の両側の屋根は、うっすらと雪を乗せている。

特急いなほが脱線転覆した去年の今頃に比べれば、まだまだ生やさしいが、さすがに、冬の風は冷たい。裏の川面には風による波の影が刻まれていて、時々突風が吹くと、水面に沿って一段と深い影がさっと走る。

さて、大掃除も佳境に入ってきた。大晦日から先は、何もしないでのんびりとしていたいのだが、間に合うだろうか。

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2006年12月28日

師走二十八日の歌

葦くずの流るるを見て行く川の勢ひを知る雨の二日後


冬の大雨から二日経ち、我が家の裏の川もだんだん水かさが減ってきた。

昨日は都心では二十度を超える陽気だったが、今日はそれに比べれば大分気温が下がった。それでも穏やかな日和である。これまでのところは、暖冬という予報はしっかりと当たっている。

川面には、細かな葦くずがどんどん流れている。川岸に生えた葦を、秋の終わりに大型の草刈り機で粉砕していたので、そのくずが流されているのだろう。

この葦くずがなければ、川は流れているのかいないのか、わからないほどに、風もなく穏やかな日和である。

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2006年12月27日

師走二十七日の歌

湖と見紛ふほどの波高き刈田の上に朝日射しくる


さて、今日の写真は川でも池でも湖でもない。田んぼである。

昨日からの大雨で、田んぼがすっかり水に浸かってしまったのだ。その水面が、強風に煽られて波立ち、波頭に昇る朝日が乱反射している。

これほどの大雨が降るのは、秋までの季節と相場が決まっていたので、稲の株のない平らな田んぼが水につかってしまうのは、見慣れない風景である。

そして、今日はこのまま、東京では二十度を超える陽気になってしまった。どうも、季節が逆戻りしてしまったような感じである。

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2006年12月26日

師走二十六日の歌

年の瀬の乾きに乾きゐたる地も吸ふ能はざる雨の降り来る


朝から降っていた雨が、昼頃から土砂降りになってきた。夕方、四時前からもう暗くなってしまい、ほとんどの自動車はヘッドライトを点けて走っている。

四国沖にある低気圧がこれからますます発達して、関東は夜明けにかけて、ところによっては百五十ミリほどの大雨になるという。

十二月の平均降水量は四十ミリほどだというから、一日でその三倍以上の雨が降ることになる。関東の冬でこのような雨が降るのは珍しい。

明日は一転して暖かい空気が入って気温は二十度近くになるという。体が驚いてしまいそうだ。とにもかくにも、最近の天気は極端に振れがちだ。

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2006年12月25日

師走二十五日の歌

木枯らしを受けてささくれ立つ如く乾きゐるなり棕櫚の葉音も


クリスマス。たまっていた原稿をようやく仕上げて送る。これで、年内に残っている仕事は、年賀状と大掃除だけだ。

夕方近くになると、風がとても冷たくなって、土手を散歩していると顔が冷たい。これで、ようやくいつもの冬らしくなった。

この辺りは、思いがけないところに棕櫚の木が生えている。鳥が棕櫚の種をあちこちに運ぶらしい。その棕櫚の葉が、乾いた冷たい風に吹かれてサラサラと音を立てている。あまり似つかわしくない風景だ。

棕櫚の木は我が家の庭にも生えているが、この写真は別の棕櫚である。

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2006年12月24日

師走二十四日の歌

紛れもなく菜の花色の菜の花の狂ひ咲く夜はクリスマス・イブ


昨日から陽気がよくなって、今日も何となく暖かい。車は日光で暖められてしまって、暖房が要らない。

午後二時頃には車内がむっとするほど暑くなって、窓を開けて風を入れながら走ったほどだ。

関東に暮らしている以上、ホワイトクリスマスなどは全然期待しないが、この暖かさのままでクリスマス・イブに突入となると、ちょっと妙な気もする。

田んぼの畦道では菜の花が狂い咲きしていて、ちょっと驚いた。今年はよほどの暖冬ということなのだろうか。

それとも、去年の豪雪・寒波があったので、自然は二年がかりで帳尻を合わせるということなのだろうか。

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2006年12月23日

師走二十三日の歌

大君は晴れ男にておはします出羽路にまでも光射しゐて


快晴。今年に限らず、天皇誕生日は天気がいい。

関東の冬だから、珍しいことではないとはいえ、昨日までがどんよりしていたのだから、やはり目立って天気がいいという印象だ。

この和歌ログで写真を必ず添えるようになってからのログがその証拠写真になっていて、昨年の天皇誕生日一昨年の天皇誕生日 に引き続き、少なくとも、これで三年連続の上天気というわけだ。

ただ、関東で快晴ということは、私の故郷では雪ということだ。事実、天気予報をみると、「雪、ときどき止む」 と表示されている。日本の中央の山並みの向こう側で、しっかりと雪を引き受けてくれているから、こうして晴れるのだな。

「縁の下の力持ち」 ならぬ 「山の向こうの力持ち」 ということか。

ただ、庄内Cam のリアルタイム映像を見ても、雪は積もっておらず、何となく明るいイメージだ。山の向こうの力持ちにとっても、いい日になっているようだ。

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2006年12月22日

師走二十二日の歌

いにしへの人の言ひたる殖ゆるものこの冬の日に我も観ぜむ


日が射すでもないが、一昨日ほどの寒さもない。何と言うこともない冬の日である。周囲の景色も、少しは冬らしく荒涼とした感じになってきた。

折口信夫によると、語源的にいえば、冬は 「殖ゆ、増ゆ」 であり、春は 「張る、脹る、晴る」 なのだそうだ。冬は何ものかが目に見えぬところで増殖しつつある季節であり、春になると、それが一斉に顕在化して、目に見えてくる。

では、今の季節に増えつつあるものとは、いったい何なのか? 目に見えないところのことというのだから、それは、折口信夫の常に言うところの 「タマ」 - 「魂」 なのだろう。

「恩頼」 という言葉があり、「みたまのふゆ」 と読む。なるほど、春になって一斉に目に見える存在になる以前の、「みたまのふゆ」 のレベルでの増殖が、今、着々と進行しつつあるのだろう。

そう思えば、冬もそれほど寒くない。

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2006年12月21日

師走二十一日の歌

聖夜近し華やぐ街をさりげなくやり過ごしてぞ家路を辿る


関係先のオフィスの大掃除を手伝って、たそがれの街の帰り道、スタバに寄ってコーヒーブレイクがてら、本日の更新をしている。

神田のオフィス街はとりたててクリスマスのイルミネーションをしているわけではないが、それでも、だんだん華やいだ様子になってきている。それとも、街の明かりが灯り始めた頃の錯覚だろうか。

もうクリスマスが近いからといって浮かれるような年でもない。だから、浮き立つ街の雰囲気をあっさりとやり過ごす (こういうのを、近頃では 「スルーする」 というようなのだが) 術を身につけてしまっている。

それよりも、年末進行の原稿と、年賀状が気になっている。

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2006年12月20日

師走二十日の歌

年の瀬の街に車は溢れゐてなほ黄緑の銀杏は残る


朝に家を出るときは、つくば方面は晴れ間が出かかっていたが、都内に着くと、どんより曇っていた。

その雲も、昼頃から晴れてきた。天気予報の 「関東南部は昼過ぎから晴れ」 というのが、見事に当たった。

街は車であふれている。さすがに年末の 「ゴトー日」 (どんな表記が正しいのかしらないので、仮にこう書いておこう) である。車で外回りしている人は大変だ。

神田周辺のイチョウ並木は、かなり黄葉が進んできてはいるものの、まだまだ葉は落ちきっていない。よくみると、日のあたるところの木は相当に葉が落ちているが、日陰の木はまだ黄緑色程度の葉も多い。

日の当たる木の方が、寒暖の差が激しいので、落葉も早いのだろうか。このままでは、葉が落ちないままに年越ししてしまう木があるかもしれない。

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2006年12月19日

師走十九日の歌

遙かなる雲間に光満ちをれば悟りとは彼の如きかと望む


今日は都心部でも最高気温が十度を下回ったようだ。朝からどんよりとして、まともに日が射さないから、気温の上がりようがない。

午前中に都内で用を済ませ、二時過ぎには自宅に戻ってきた。年末はこなさなければならない仕事が一杯だ。

取手駅のコンコースから遙か都心方向を望むと、ところどころ、うっすらと雲の切れ間があって、そこからまるで中世の西洋画に描かれる天啓のような日が射している。

真理とは、雲間から天を覗くように悟るものだという言い方があるが、あの日の射す真下にいたとしても、それを感じられるかどうかはわからない。

もしかしたら、凡人にとっては遠くから憧憬するのが悟りというものなのかもしれない。

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2006年12月18日

師走十八日の歌

木枯らしに舞ひて小路の奥深く入り込むもあり銀杏散り行く 


今日は朝からいい天気である。その代わり、明け方はかなり冷え込んだが。

この冷え込みが効いたものか、神田のイチョウ並木もようやく黄葉して、あっという間に盛大に葉が散り始めた。

気付いてみれば、もう十八日。いよいよ年の瀬である。これからは、時の経つのが目が廻るほど早くなる。

そういえば、年賀状もまだ書いてないし、大掃除もしなければ成らない。その前に、仕上げなければならない年末進行の原稿もある。

ああ、正月を迎えるまでは、バタバタと駆け回らなければならない。

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2006年12月17日

師走十七日の歌

過ぎし秋の名残も薄れ土色に木槿の額は乾涸らびてゆく


朝からどんよりとした曇り。朝のうちの天気予報では曇りのち晴れとなっていて、そのうち晴れてくるものと思っていたが、昼過ぎの天気予報は、一日中曇りに変更になっていた。

時々思い出したように日が射すが、すぐに曇り空に戻る。風もあまりないので、洗濯物の乾かない日である。

我が家の隣の空き地に植えてあるムクゲは、すっかり葉を落とし、冬の姿になっている。秋が深まるまで咲き続けた白い花も、今は額の部分だけが茶色にひからびている。

今年は暖冬の予報だが、どうなのだろう。一月末に車で帰郷したいと思っているので、願わくは雪の少ない冬であればありがたいのだが。

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2006年12月16日

師走十六日の歌

聖夜まであと八日なりいつになく店の飾りは慎ましくして


朝から水戸方面に仕事ででかけ、日が暮れてから帰ってきた。

途中、夕飯とコーヒー・ブレイクのため、つくば学園都市のショッピング・センターに寄っている。辺りはもう真っ暗だが、それほど寒くはない。明日から寒気が入ってくるらしいが、今日のところはコートなしで外を歩ける。

今年はクリスマス・イルミネーションがあまり派手ではないような気がしているのだが、単に、私がそれほど繁華街に出かけていないというだけのことだろうか。

よくわからないが、このショッピング・センターにしても、ことさらな飾りつけはされていない。私には、このくらいが好ましく思われる。

反対に、私の本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 では、初めてクリスマス期間専用サイトロゴを作ってみた。ほんの慎ましいデザインなので、もしかしたら、あまり気づかれてないかもしれないが。

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2006年12月15日

師走十五日の歌

徒歩にては思いがけなき道のりに薄紅色の山茶花は咲く


今日は自宅で原稿書きの仕事。雨も止んで、昼頃から青空が出てきた。

ずっとパソコンの画面に向かっていると目が疲れるので、目薬をさそうとしたが、切れてしまっている。運動不足解消にちょうどいいから、近所のドラッグストアまで歩いて買い物に行ってきた。

その店まで、おそらく 八百メートルほどしかないのだが、やけに遠く感じる。都会で歩く分には、一キロでもそれほど苦にならないのに、我が家のような田園地帯を開発した住宅地では、五百メートル先に行くにも、車を使う習慣が身に付いてしまっているからだろうか。

ただ不思議なもので、近所の散歩コースになっている我が家の裏手の土手は、いくら歩いても苦にならない。

これはきっと、周囲の雰囲気によるものかもしれない。都会や散歩コースは、多かれ少なかれ、周囲に歩いている人がいる。しかし、単なる田舎道は、車と自転車しか通らない。

車と自転車しか通らない道を自分だけが徒歩で行くと、なぜかものすごく遠くまで歩いているような気がするのだ。人間は雰囲気の生き物である。

帰り道は、遠回りして土手を歩いてみた。遠回りしたのに、やはりそんなに遠くは感じない。土手際には山茶花の花が咲いていた。椿と区別がつかないが、山茶花ということにしておこう。夜来の雨に濡れて、まだ乾かずにいた。

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2006年12月14日

師走十四日の歌

やうやくに黄に染まりつつ師走なる暦を追ふか神田の銀杏


先日から驚いてしまっているのだが、神田の舗道のイチョウの黄葉がとても遅い。毎年こんなようなものだったかなあ。

今日は、ようやく全体に黄味がかってきているが、まだ風の当たらない枝の葉は薄緑色を十分に残している。

つくばの我が家の周辺では、イチョウは既にすっかり葉を落としてしまっているのが多い。十分に冬の景色だが、都心に来ると、季節が一歩逆戻りする。

この辺りは、本当に昼夜の気温の差が小さいのだろう。もう十二月も中旬だというのにこんな状態では、クリスマス頃にようやく落葉が真っ盛りということになりかねない。

季節感が本当に狂ってしまうなあ。

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2006年12月13日

師走十三日の歌

知らぬ間に師走の雨は上がりゐて妙に明るきたそがれの空


昨日の天気予報では、今日の天気は下り坂のはずだったが、朝から上々の青空。どうやら、下り坂は夕刻に持ち越されたようだ。

三時頃から雨がポツポツ降り出していたが、四時過ぎには上がっていた。濡れた路面に、灯りだした車のライトが反射している。明るさを取り戻し始めた空の色が、妙にアンバランスだ。

十二月の中旬になっても、クリスマスの飾り付けの少ないビジネス街の夕暮れ。寒気は通り過ぎてしまったようで、風もそれほど冷たくない。

週末からは再び冷え込むと、天気予報は言っている。いよいよ年の瀬だ。

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2006年12月12日

師走十二日の歌

携帯のカメラに映る東京の顔はいつもと異なりてをり


今日は家を出る時に、スイカとパスネットの入った定期入れとデジカメを持つのを忘れてしまった。

それで、出張先を除けば何年ぶりかで乗車券を買って電車に乗り、都内の何ヶ所かを廻った。

今年の春、二百三十万画素のカメラ付き携帯電話に買い換えたので、一時的に外出先での撮影はすべてケータイでまかなおうと思ったことがあったのだが、カメラ専用機としてのデジカメの使いやすさには及ぶべくもなく、すぐに止めてしまった。

それで、ケータイはデジカメを忘れたときの補助と思っていたのだが、今日、その役割を果たすことになったわけだ。

それにしても、ケータイのカメラは、デジカメと全然使い勝手が違う。この面倒くささは、電車に乗るのにいちいち券売機で乗車券を買わなければならないおっくうさと、共通する気がした。

それにしても肌寒い一日だったが、電車に乗ると暖房が効いていて、途端に汗ばんでしまう。都会のアイロニーである。

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2006年12月11日

師走十一日の歌

柿の実のたわわなりしのたちまちに消えてただ聞く椋鳥の声


暖かいというほどではなく、これが普通の冬の陽気なのだろうが、昨日までに比べれば、寒さが和らいで、風の当たらないところでは日溜まりができていた。

土手の道を散歩すると、つい先日まで鈴なりだった柿が、全部なくなっていた。いつの間にか、鳥たちがついばんでしまったらしい。

それでも、習慣でやってくるのだろうか。椋鳥の声が騒々しく響き渡っている。

故郷の酒田の天気予報は、今日と明日は晴れ間が出るようだが、それ以後はずっと傘と雪だるまのマークがついている。季節が確実に一段階進んだようだ。

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2006年12月10日

師走十日の歌

娘らの幼き頃に座りたる椅子の小さきことに我は笑む


今日、茨城県は県会議員選挙の投票日だった。

朝から所用で水戸方面に出かけていて、思ったよりも帰りが遅くなって、帰ってきたのが夜の七時過ぎ。近頃では八時まで投票できるので、ぎりぎり間に合った。

最近は何回か連続して期日前投票をしていたので、所定の投票所である小学校に出かけて投票したのは、二年ぶりぐらいである。

投票は時間ぎりぎりになってからの方が混み合うようで、かなり賑わっていた。どのくらいの投票率になるのだろう。

というわけで、今日もばたばたしているうちに、風景の写真を撮りそびれてしまった。かといって、二日連続で当日以前に撮った写真を載せるのも気が引けるので、帰宅して最初に目に入ったものを撮った。

これは、我が家の娘たちが小さかった頃に、妻の父が手作りで製作してくれた椅子である。娘たちは皆、この小さな椅子にちょこんと座っていたものだ。

今となっては、玄関のオブジェと化していて、時々、大きな花瓶の置き場所になったりしている。

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2006年12月 9日

師走九日の歌

仕事場の我が膝の上によじ来たり猫は求むる暖房の風


今日はとても寒い一日だった。聞けば、朝が一番暖かくて、それから先は温度が下がる一方だったそうだ。

パソコンに向かっていると、我が家の黒猫が膝の上によじ登ってくる。どうやら、エアコンから吹き降りてくる暖かい風を受けるのに、ちょうどいい位置のようだ。

猫の行動基準は、すべて自分の都合である。自分の都合のみの行動をかわいいと感じるのもまた、人間の都合である。

今日はたまった仕事を片付けているうちに、日が暮れてしまい、外の景色を写しそびれてしまった。しかたがないので、昨日、兼六園で撮った紅葉の枯れ葉を載せておこう。

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2006年12月 8日

師走八日の歌

松が枝は縄で張りたるピラミッドパワーの中に護られ眠る


金沢二日目。仕事はほとんど昨日で終わったので、今日はのんびり帰ればいい日である。

というわけで、今日は昼前に駆け足で兼六園と、犀川の川向こう、西茶屋街を見物し、駅弁を買って鈍行列車に飛び乗り、富山駅で降りて、富山城跡を見物した。

兼六園は二度目だが、富山は昨日通り過ぎただけなので、一応、街を歩いてみたかったのである。

歩いてみての感想。富山には悪いけど、やっぱり、金沢はすごい。加賀百万石というのは、大変なものだったのだと、しみじみ思う。

一枚目の写真は、兼六園の 「雪つり」 された松の枝の真下から、上を見上げて撮ったもの。縄で作られたピラミッドパワーで、松の枝が護られている。「雪つり」 は、離れて見ると、三枚目の写真のようになる。

多くの都市でそうなのだけれど、金沢も犀川を渡って川向こうに行くと、ちょっと 「異界」 っぽいスパイスがまぶされて、ムードががらりと変わってしまうのが面白い。

私は、異界も大好きである。今度、時間の余裕があるときに、金沢の寺町をゆっくりと歩いてみたい。

今日は、兼六園の写真を三枚、茶屋資料館の写真を一枚、サービス。

あ、そうそう、今日も雨は朝のうちに降っていたが、私が外を歩いている間は、ほんの数滴感じただけで済んだ。金沢を見るには、ちょうどいい湿り気だった。

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2006年12月 7日

師走七日の歌

越後より越中を抜け加賀までの左の山は青と白のみ


仕事で金沢に来ている。飛行機にしようか、鉄道にしようかと迷ったのだが、調べてみると、一時間足らずの差しかないので、鉄道にした。

私は日本全国に行っているようで、実は行ったことのない県が七つあった。富山、鳥取、島根、香川、徳島、愛媛、宮崎の七県である。

今日は富山県を通過したので、とりあえず、未踏県は六県になった。このために、鉄道にしたのである。飛行機では、直接金沢に来てしまうので、つまらない。

越後湯沢で乗り換えた金沢行き特急はくたか号は、出発時は満席だったが、一駅ごとに乗客が減って、親不知海岸を通過する頃には、かなり空席もできた。

写真は、魚津駅を通過したあたりから撮った山。多分、北アルプスの北のはずれである。

山の写真というのは、とても難しい。肉眼では大きく見えているように感じても、写真に撮ると、ガックリするほど小さくなる。三倍程度の望遠機能では、全然足しにならない。この写真も、かなりトリミングして、大きく見えるようにしてある。

もう一つの問題は、よほど天気がよくて見通しがすっきりしていないと、遠くの山は霞んで写るということだ。この写真も例に漏れないが、雰囲気だけは感じていただけるかもしれない。

金沢は、仕事中は曇りで、写真撮影なども順調にこなせたが、夜になって弱い雨が降ってきた。

明日はゆっくり帰ればいいので、兼六園を見物しようと思う。時間があれば、富山にも途中下車してみたいのだが、どうなるかわからない。元々、小雨に煙る兼六園をイメージしていたので、期待通りの天気になるかもしれない。

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2006年12月 6日

師走六日の歌

落葉を待つにあらねど黄葉も見せぬ都心の銀杏に驚く


八日ぶりで都心に出てきている。今朝はかなり冷え込んだが、都心は温暖化現象の賜物か、それほどの寒さではない。

驚いたことに、神田のイチョウ並木は、落葉していないどころか、まだ葉の色が黄色になりきっていない。下の方の枝についた葉が、うっすらと黄味を帯びているだけだ。

都心というところは、よほど暖かく、しかも昼夜の温度差も小さいものと見える。

つくばのイチョウはほとんどまっ黄色になり、木の下は落ち葉で埋まっているというのに、同じ関東でも違えば違うものだ。

この分だと、都心のイチョウはクリスマス頃にならないと葉が散らないのではなかろうか。

ところで、明日は金沢に出張だが、今しがた天気予報をみたら、明日の金沢は晴れのち曇りとなっていた。先週の週間予報でみたときは曇り時々雨ということだったのだが、いい方に変わってきている。

我ながら、晴れ男というのはありがたい。

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2006年12月 5日

師走五日の歌

我を見ず我よりも見えず足下を土竜は今も掘り進みゐる


今日は少しは寒さが和らぐかと思っていたが、そんなこともなく、相変わらず気温は上がらない。といっても、これが普通の冬の天気ということなのだろう。

最近は、暖冬に馴れすぎかもしれない。

土手の所々に、茶色の土が少しだけ盛り上がっているのが見える。モグラの穴である。

平地だと土がもう少し盛り上がって 「モグラ塚」 という言葉にふさわしい形になるが、土手の斜面だと、この程度の 「モグラ穴」 になる。

あちこちに 「モグラ穴」 がある割には、モグラそのものは、以前にちらりと見たことがある程度で、はっきりした印象というのは、全然ない。

そこら中にいるのは確かなのだが、私にとっては幻の生き物である。

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2006年12月 4日

師走四日の歌

含みをりし全てを放ち終へてこそ軽く舞ふなれ冬の薄は


先月からずっと休日返上で、出張あり、泊まりがけのミーティングあり、一日中こもっての原稿書きあり、超ロングドライブありのバラエティ溢れるスケジュールだったので、さすがに疲れた。風邪を引かないでもっているのが幸いだ。

今日は久しぶりで、どこにも行かずに休めると思っていたが、急に葬式に行かなければならなくなった。またしても、ロングドライブ。

葬儀場では、久しく会えなかった人にも会え、旧交を温めることができた。

ただ、故人は父と同じ年である。そして喪主である長男は、私と同い年。複雑な気持ちになった。自分の父が元気でいてくれるのは、本当にありがたい。

往復の道は明るい冬晴れだが、風が冷たい。立体交差の国道のコンクリートで固められた高架に沿って、薄が風になびいていた。今頃になると薄の穂はとても軽くなって、日に輝きながら微妙に波を打つような動きを見せる。

帰宅してからは、ひたすら眠い。

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2006年12月 3日

師走三日の歌

静かなる筑波の冬の朝焼けに雪舞ふ出羽の影を偲びぬ


今日は所用で夜明け前に家を発って、日が暮れてから帰ってきた。

写真は出がけに写した朝焼けの光景である。この写真を撮った十分後ぐらいに、朝日が昇ってきた。

上空に寒気が入ってきているらしく、今日はとても寒い一日だった。関東は冬晴れだが、故郷の庄内地方は雪である。

私がいた一日までは天気がもったが、帰った翌日から雪模様になっているらしい。なんともはや、我ながら大した晴れ男ぶりである。

来週は、七日に金沢に出張だ。週間天気予報では、曇り時々雨ということになっている。この季節の日本海側のことだから、晴れるのは初めから期待していない。ちょうどいい風情に旅になりそうだ。

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2006年12月 2日

師走二日の歌

未だ雪を知らざる枯れ葉光りゐる師走二日は和歌ログ記念日


今年も十二月二日になった。三年前のこの日、当時気紛れで開設していた楽天日記のネタがなくなったので、戯れに和歌を書いたのが発端になり、以後、興に乗って毎日和歌を詠むようになった。

だから、毎年のこの日は 「和歌ログ記念日」 である。

楽天日記はすぐに閉じて、本宅の 「知のヴァーリトゥード」 のサブサイトとして継続したが、年が明けた一月二十二日に、別サイトとして独立した。それで、これは 「独立記念日」 としてある。

その後、楽天ブログの方は再開して、和歌ログのリザーブサイトにしてある。これでも、いろいろの紆余曲折を経ているのだ。それにしても、三年間毎日歌を詠み続けたなんて、三日坊主の私にしては奇跡みたいなものである。

最初に詠んだ歌 (この頃は、まだ写真をつけるなんてことは考えてなかった) が、落ち葉を詠んだものだったので、行きがかり上、毎年それを踏襲し、下の句は 「師走二日は和歌ログ記念日」 とするお約束にしている。

今日は小春日和。酒田から雪の峠を越えて帰ってきたばかりなので、ことさらに暖かく感じる。

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2006年12月 1日

師走一日の歌

深々と舞ひ降る雪のその白き彼方に月の山は座すらむ


雪景色を期待していた皆さん、お待ちどう様!

昼前に酒田を発って帰ってきた。酒田では上天気だったので、スタッドレスタイヤに替えてきた甲斐がなかったのだが、途中、月山越えなどの峠道は、うまい具合 (?) に雪が舞っていた。

あまり降りすぎたら大変なことになるところだったが、ちょうどいい具合の雪で、道路はそれほどスリップすることもないが、周囲はすっかり雪景色という具合だった。

せっかくの帰郷で、雪の写真が一枚もなかったらつまらないことになるところだったが、これで、肩の荷が下りた。

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