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2007年3月31日

弥生三十一日の歌

傘福の蘇りたる今の世の円きを祈り雛を祭らむ


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昨日の和歌日記でも述べたように、庄内はひな祭りの盛んなところである。この辺りでは、ひな祭り (に限らず、端午の節句でも、七夕でも) は月遅れで行なわれるので、今がひな祭りの最高潮だ。

庄内ひな街道という企画が催されていて、今は、庄内中、どこに行っても自慢のおひな様が飾られている。昔々、酒田の港が栄えていた頃、豪商や豪農が財にあかせて江戸や京都から取り寄せた、どえらい値打ち物の骨董お雛様も、ここぞとばかりに飾られていて、それはそれは素晴らしいものである。

ただ、そうしたお宝物は、「撮影禁止」 なので、ここに写真で紹介するわけにはいかないのが残念だ。こちらで、そのほんの一部が紹介されているが、生の迫力にはかなわない。

で、「もう一つの庄内雛街道」 というタイトルで参加しているのが、「傘福」 という飾り物だ。昔、酒田で一番の格式を誇る料亭だった山王クラブという建物で開催されている。

これは、傘の下にびっしりと飾りをぶら下げたもの。これは、山王クラブの案内によると、「海路で酒田湊が隆盛をきわめた頃、発祥のいわれは定かでないが、庶民の切なる願いを観音様に奉納し、また、お祝い事のときはそれぞれの意味合いの飾り物を傘先に下げ、幸せを願ってお祈りした風習」 とされている。

長らく途絶えていたようで、私は全然記憶がないのだが、最近になって復活しているようだ。織物を裁断して、いろいろな形に縫い上げ、吊るしている。中には古い着物地を使っていると思われる飾りもある。

酒田では今、傘福作りがブームになっているようで、おばちゃんたちが夢中になって作っている。それはもう華やかなもので、酒田の街がじゃらじゃらした上方ムードに包まれてしまっている。

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2007年3月30日

弥生三十日の歌

月遅れの三人官女真中には立ち雛のゐて懐かしきなり


今朝、つくばの里を発って、酒田に来ている。今日の酒田は寒い。

酒田のひな祭りは月遅れで祝われる。最近、庄内のおひな様はかなり注目の的で (参照)、商店街では、古くから伝えられているひな人形を飾りつけている。夕食を食べに入った木鉢という蕎麦屋にも、見事な雛飾りがあった。

大奮発して、最上段には三組の内裏雛が飾られている。それから、庄内の三人官女は、真ん中が立ち雛で、両側が座っているのが多いようだ。江戸で見るのと逆である。

一番下の段には、「うどがわら人形」 が飾られている。これは、酒田近郊の鵜渡川原というところで作られていた素焼きの土人形。博多人形と同じ作り方なんだろうが、こちらの方がずっと庶民的だ。今でも作られているのかどうかは、知らない。

【弥生三日 追記】

KEICOCO さんのご希望に応えて、うどがわら人形のアップを掲載。(ちょっとピンボケで恐縮)

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2007年3月29日

弥生二十九日の歌

坂東にいともたやすく広がりて黒雲は呼ぶ春の嵐を


茨城県の、とくに県南地域の空は広い。山が遠くにしかない上に、高い建物も少ないからだ。

常磐線取手駅を西口に降りて、取手競輪場の方向にしばらく歩くと、すぐ南を流れる利根川の方向に、とてつもなく大きな空が広がる。

とても暖かい一日で、上野の山は桜が満開になったようだ。取手周辺でも、満開一歩手前である。

ところが、この写真でもわかるように、夕方から黒雲が広がってきて、夜になってからは嵐である。雨は降っていないが、風の音がすごい。本当に今年の春の天候はめまぐるしい。

明日から帰郷である。明日の酒田の天気予報をみると、最高気温が 9度だそうだ。関東でいえば、まだ真冬の気温である。

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2007年3月28日

弥生二十八日の歌

道端に水仙咲きぬ小声にて我美しと呟く如く


夕方、都内から帰ってきて、駅の近くに借りている駐車場への道を辿ると、水仙が咲いていた。黄色のラッパズイセンである。

こうしてクローズアップでみると、確かに 「ラッパ」 という名にふさわしい形をしている。それにしても、こんなにもまじまじと水仙を見たのは、初めてのような気がする。

水仙は洋名はナルシサスというそうで、かのナルキッソスの神話に基づいている。花言葉は 「私は美しい」 というのだそうだ。うむ、確かに美しいが。

急に暖かくなって、いろいろな花がにわかに咲き始めた。取手近辺の桜も、ようやく三分咲きぐらいになった。

桜は開花してから一週間ほどで満開になるというが、今年はなかなか時間がかかる。最初の幾輪かが開花してから、また寒さが戻ったので、後に続く花がなかなか咲かなかったようだ。

我が家の梅の花は、今年はこんな風に、極端な形で二度に分けて咲いたため、いかにも満開という風情にならずに終わってしまった。桜はそんなにはっきりと二度に分かれないで、満開の姿を見せてもらいたいものだ。

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2007年3月27日

弥生二十七日の歌

大鷹の飛ぶ様も見ぬ花曇り屋の下にのみ人の群がる


千葉県の流山というところに、仕事で行ってきた。東京湾に注ぐ江戸川の堤のきれいなところである。

この江戸川という一大交通路があったために、昔の流山住民は鉄道なんか要らないと思ったらしく、常磐線が通ることに反対したらしい。おかげで、都市化が遅れて、のんびりとした郊外の景色が続くところになっている。

ところが、最近、つくばエクスプレスという新鉄道が通った。流山もずいぶん便利になってしまったわけだ。

写真は 「流山おおたかのもり」 という駅の周辺である。ご覧の通り、何もないところだ。この何もない駅前に、おしゃれなショッピングセンターができたばかりで、平日だというのに、大変な賑わいをみせていた。いったい、どこから人が湧いて来るのだろう。

駅の反対側には森が広がっていて、本当にオオタカが住んでいるらしい。そのオオタカが駅のガラスにぶつかって落ちてしまったりしているという。かわいそうに。

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2007年3月26日

弥生二十六日の歌

川幅の広がればその幅なりの水は流れて雲雀鳴きゐる


今日はかなり暖かくなった。もう、間違いなく春である。ヒバリのなく声が絶え間なく聞こえる。

裏の川の拡幅工事は、一段落したようで、続きは水量の減る秋まで持ち越しということのようだ。我が家のすぐ裏は、向こう側に新しい土手ができたままで、古い土手を崩して本格的に川幅を広げるまでには至っていない。

土手を少し歩くと、すでに川幅が広がったところに行き当たる。こちら側が 「小川」 で、ちょっと行けば 「川」 になってしまうのだ。

川幅が広がってしまったら、川底が現われるぐらいになってしまうのではないかと思っていたが、広がれば広がったで、どこからかそれにふさわしい水が流れてくるようで、ごく普通の川に見える。

不思議なものである。

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2007年3月25日

弥生二十五日の歌

高速で虚空に逃ぐるジャズの音を追はざりしこと悔ゆる黄昏


日暮れの常磐高速を辿って、友部パーキングに入ると、ジャズが聞こえてくる。何事かと音のする方に行くと、ジャズバンドの生演奏なのだった。

しかし、普通のジャズバンドではない。全員ヘルメットにつなぎの上下。夜行塗料のベルトでブラスをぶら下げ、ドラムスもまるでちんどん屋の如く、シンバルとパーカッションを体の前にくくりつけている。

格好は少し変わっているが、腕前はなかなか見事なもので、こちらは急いでいたのでゆっくりできなかったが、時間さえあればもう少し聴いていたかった。

あれは一体なんというバンドだったんだろう?

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2007年3月24日

弥生二十四日の歌

絶え間なき声の芥子粒さらにまた揺れ消えかかり雲雀は昇る


一昨日からはっきりと春の暖かさになった。土手の菜の花はどんどん増え続けている。そう言えば、去年は少なかったから、今年は多く咲く年だ。

日の当たる斜面から先に咲き始めているが、日当たりの少ないこちら側の土手でも、だんだん花が開き始めている。今日の写真はそんな株のものだ。

土手の向こう側では、ヒバリがせわしなく鳴きながら飛び始めた。いや、ヒバリは 「飛ぶ」 というより、やはり 「昇る」 だろう。忙しくさえずりながら空中高く昇り、あとは風にまかせて降りてくるだけだ。

声のする方に目をこらすと、かろうじて芥子粒ぐらいの影が揺れているのが確認される。それはただ、落ちないように必至に羽ばたいているだけのようにも見えるが、さらにだんだんと小さくなるので、まだ昇っているのだとわかる。

やがて声が聞こえなくなると、すうっと降りてくる。餌は地上であさるということなので、ただ無駄に上下しているだけのようにも見えるが、それは縄張りを示す行為らしい。。

なかなかご苦労なことである。

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2007年3月23日

弥生二十三日の歌

股旅と花嫁の居し水郷に止まりて久し時の流れは


今日は仕事で潮来に行ってきた。あの水郷で有名な潮来である。

潮来の観光も今ではかなり寂れてしまっている。しかも水郷だけに、シーズン的にも夏がピークになるので、今日はかなり暖かかったといっても、観光客の姿は見当たらず、全然観光地らしくない。

それでも、湖に浮かぶ屋形船が、シーズンになればそれなりのにぎわいを見せるのだろうと思わせる。廃れたとはいえ、「潮来笠」 や 「潮来花嫁さん」 など、往年のヒット歌謡曲にも歌われたところである。

いっそ、歌に出てくる 「潮来の伊太郎」 の銅像でも建てておけばよかったのにと思ったら、なんと、橋幸夫のデビュー曲が出た四十五年後の、一昨年に建てられたのだそうだ。Google で探したら、なるほどあった (参照)。

それにしても、何で一昨年なのだろう。誰が考えても、時機を逸しすぎている。あるいは、ここでは半世紀近くも時が止まっているのだろうか。そう考えると、そのような気もする。

不思議なところである。我が家から車で二時間足らずのところに、こうしたところがあるというのも、なんだか不思議な気がする。

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2007年3月22日

弥生二十二日の歌

赤々と高層ビルの壁面に映る入り日の春ぞ眠たき


関係している団体の事務局が千代田区岩本町にあり、そこは JR の神田駅と秋葉原駅の間を底辺とした正三角形の頂点あたりに位置する。で、電気製品の買い物にはとても便利だったりするのである。

今日も、夕方に秋葉原に寄ってパソコン関連の消耗品を買って帰った。

近頃の秋葉原はすっかり様変わりして、高層ビルが並んでいたりするかと思うと、マンガの中のメイド姿をした女の子が何やらチラシを配っていたりする。

買い物を終えて秋葉原駅に向かうと、沈みかけた陽が高層ビルの壁面のガラスに反射して、いかにも 「最近の秋葉原の景色」 になっていた。

それで、日が暮れた頃に取手駅に着いたところ、大雨が止んだばかりの様相だったので驚いてしまったわけである。かなりの雷もなったらしい。電車の中ではうとうとしていたので、天気の変化には全然気付かなかった。

春は眠い。

「赤々と高層ビルの壁面に映る入り日の」 は、「春ぞ眠たき」 に連なる序詞のようなものと思っていただければ幸いである。

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2007年3月21日

弥生二十一日の歌

此岸より望む彼岸は遠けれど小さき花の脚下にぞ咲く


彼岸である。ようやく少しは暖かくなったような気がする。東京都の桜開花宣言も出されたようだし。

二月の暖かさがそのまま続いていたら、桜もとっくに咲いていたはずだが、さすがに、自然の方でもそこまでは躊躇したようで、急ブレーキをかけたもののようだ。

それでも、平年よりは少し早い気がするけれど、これで、季節の進み具合がリセットされたのだろうか。

土手にロケットの花が咲き始めた。ロケットは英語名で、イタリア語ではルッコラという。妻が庭で育てていたのが、種が風に乗って広まったらしく、我が家の周囲のあちこちに咲くようになった。

来月頃になると、もっと背が高くなって咲き誇るのだが、今年はもしかしたら、今月末にはそんなふうになるかもしれない。

此岸にいて彼岸を望めばあまりにも遠いが、脚下にその入り口はある。

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2007年3月20日

弥生二十日の歌

し残せしことのみ多く為し遂げしこと少なきを思へば彼岸


今日は久しぶりで渋谷に行った。もちろん仕事でだが。

近頃は山手線の西側に行くことが、月に一~二度あれば多い方で、まったく行かない月もある。とくに渋谷はあまり縁がなくなった。

地下鉄の明治神宮前とか、表参道とか、神宮前とかに行くことはたまにあるのだが、JR の渋谷駅で降りることは、本当に少ない。

たまに行くと、渋谷駅の構造の複雑さに、ちょっととまどってしまう。以前は決して迷わなかったものなのだが。

渋谷は大型の開発というのがあまりないので、駅を出てしまえば、それほど迷うこともなく、目的地に行けるのだが、それでも、細かい部分では年中変化している。

この街によく来ていた頃の自分を思うと、あまり進歩していないんじゃないかという気もしてくる。

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弥生十九日の歌

日暮れての家路を辿る足下の風温むらむ彼岸明くれば


日が暮れてから取手駅に着くと、風がとても冷たい。天気予報では今日までが寒さのピークと言っていたが、まさにその通りである。

先月の今頃は、夜中になってもそんなに寒くはなかったが、本当に、近頃の天気はなんでもありである。

取手駅まで、電車の座席でうつらうつらしていると、途中駅に停車してドアが開いたとたんに、足下にさあっと冷たい空気が進入してくる。おかげで、乗り過ごす人も少なくなるだろう。

「暑さ寒さも彼岸まで」 というが、本当は彼岸の入りというのはとても寒かったり暑かったりするのである。とくに今年の春の彼岸の入りは寒い。

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2007年3月18日

弥生十八日の歌

咲き残る梅の一輪一輪をゆかしと思ふこの年の春


早朝、仲間達と水戸の偕楽園で観梅会と洒落たのだが、いくら寒の戻りが長く続いたとはいえ、案の定、梅は盛りを過ぎてしまっていた。

一昨年その前の年は素晴らしい梅の花盛りだったのだが、昨年は厳冬の影響で、ほとんど蕾見物に行ったようなものだった。

そして、今年はその反対に盛りを過ぎてしまったので、二年続けて、ちょっとした空振りである。

とはいえ、早朝の偕楽園はやはりすがすがしい。盛りを過ぎたとはいえ、ちらほらと咲き残る梅もあって、まあ、それほど捨てたものではない。こんなにも変則的な季節を耐えて、よくもまあ、今まで咲いていてくれたものである。ありがたいほどの気にさえなる。

まあ、来年は狙い澄まして、梅の満開の中を歩いてきたいものである。

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2007年3月17日

弥生十七日の歌

菜の花の命は寒の戻りにも耐へていや増す土手の黄の色


昨日は仕事にかかりきりで、まともな写真を撮らないうちに日が暮れてしまって難儀したので、今日は朝のうちに撮っておいた。

朝からどんよりとした曇り空である。田舎の天気は 「曇り時々雪」 だそうだ。先月まではほとんど雪が降らなかったのに、二月と三月が裏返ってしまっている。

つくばも風が冷たい。それでも、土手の菜の花は逆戻りもせず、少しずつ増えている。一度咲き始めたら、もう咲き続けるしかないとでもいうかのようだ。

何だか、「命の決意」 みたいなものを感じてしまう。

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2007年3月16日

弥生十六日の歌

一日の暮るるはかくも早けれど春は何処に止まりゐるや


今日は東京で初雪が降ったらしい。これで、雪の降らなかった冬 (?) という記録は避けられた。

いったん来かけて遠ざかってしまった春を待ちわびると、季節の進むのがこんなにも遅く感じるのに、一日の暮れるのはこんなにも早い。

急ぎの仕事を必至に仕上げているうちに、窓の外はすっかり暮れてしまった。おかげで、今日はまともな写真が撮れなかったじゃないか。

というわけで、今日は、田んぼの向こうの県道を望んだところである。家路を急ぐ車のヘッドライトの白い光と、リアランプの赤い光が、滑るように流れている。

今月後半は、休日返上の暇なしの予定で、ブログの更新は至難の業となりそうだ。

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2007年3月15日

弥生十五日の歌

待つ時の流れはかくも遅けれど惜しむ時こそ疾く去りにけれ


三月になってからこんな寒い日が続くと、二月までの暖冬もどこかに吹っ飛んでしまったような気がする。

酒田では、今年初めて雪かきしたというし。

昨年の二月はいつまでも寒いので、春が来るのが本当に待ち遠しく、「二月は逃げる」 どころか、いつになく長い二月に思えたが、今年は三月がやけに長い。

本当に、待つ時間は長く、惜しむ時間は短い。人間の思い入れというのは、勝手なものである。

今日の歌は、恋しき人を待つというのなら、かなり艶っぽい古今風。うまく誤解して深読みすると、悲恋の歌ということになるかもしれない。

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2007年3月14日

弥生十四日の歌

幾重にも見えぬ水面 (みなも) の綾なせば木の蓮はただ真白きに咲く


取手駅西口ロータリーの白木蓮が、ほぼ満開になった。

今月の四日、咲き始めの時はケータイ写真でピンぼけになり (参照)、八日は日が沈んでしまったので、ちょっと暗くなってしまった (参照)。今夏は、ようやくまともに撮れた。

白木蓮の木のすぐそばに、ペデストリアンデッキがあり、タクシー乗り場に降りる階段から写真が撮れるので、背の高い木に咲く花を、見下ろす視線で撮影できる。

こうしてみると、まさに、木に咲く蓮である。木蓮とはよく名付けたものだ。

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2007年3月13日

弥生十三日の歌

早々と梅散る年の新川に魚釣る人の竿は動かず


確定申告書類を、税務署に提出してきた。

土浦税務署は霞ヶ浦に注ぐ新川という川のほとりにある。昨年、三月十五日ぎりぎりに提出した時は、川岸にきれいな梅が咲いていた (参照)。

ところが、今年は全然だ。梅の木は丸裸である。どうなってるんだろう? 既に咲き尽くして散ってしまったんだろうか。

既に散ってしまったのだとすると、散ってから寒くなっているのだから、複雑な気持ちである。

晴れてはいるが風は冷たく、川のほとりで魚を釣る人も、分厚い上着で着ぶくれている。しばらく眺めても、釣れている様子がない。気の毒に。

行き帰りの車の中で、カーラジオが高知龍馬空港の着陸トラブルの様子を臨場感たっぷりに放送していた。この空港は、私も二度ほど降り立っているから、他人事じゃないような気がして、陰ながら機長に 「がんばれ」 と声援を送っていた。

無事に着陸できて、何よりである。それにしても、乗客と乗員は、かなりのスリルを味わったことだろうなあ。今夜は高知のおいしい料理をしっかり食べて、一度縮みかかった寿命を、もう一度延ばしてもらいたい。

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2007年3月12日

弥生十二日の歌

風に散る寒の戻りの白梅の残る蕾の時をこそ待て


せっかく咲いた梅が、先週末の強風でずいぶん散ってしまったようだ。例年ならば今頃ようやく蕾がほころび始める頃なのに、今年は異常事態である。

今日も天気はいいのだが、風が冷たい。東北の日本海側は、大雪注意報が出ている。うちの田舎などは、暴雪注意報だ。今頃になって季節の帳尻合わせをしているようだ。

我が家の梅はさすがに遅咲きだけあって、まだ開いていない蕾もたくさんあり、これでおしまいということはないだろう。しかし、一方でどんどん散ってしまうので、いかにも 「満開」 という見栄えになることはなさそうだ。

早咲きの年の梅や桜は、長く咲くというが、実はこういうことだったのか。

今日は確定申告を仕上げるのに大わらわである。

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2007年3月11日

弥生十一日の歌

入れ子にてショッピングカート整然と人を待ちつつ拒みてもをり


朝から雨。かなりの雨。しかし、昼頃から止んで、気付いてみると、気持ちのいい青空になっていた。

だが、一日中、屋内で仕事だったので、あまり外のことはわからない。日が暮れてからようやく帰ってきた。帰りがけに、

夜中まで開店しているスーパーでちょっとした買い物。店先にショッピングカートが整然と入れ子になって置かれている。

私は、入れ子というのがかなり好きで、こういう状態のものをみると、なぜだかうっとりしてしまうところがある。

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2007年3月10日

弥生十日の歌

この秋に取り壊される土手ならば存分に咲け春夏の花


今日は春の日射しである。昨日よりは暖かいが、まだ先月半ばの方が春らしかったような気もする。

早々と咲き始めた土手の菜の花だが、急に季節が逆戻りしてしまったために、なかなか増えない。それでも、今日あたりは、少し土手に黄色が増したようだ。

この土手は多分今年の秋に取り崩されてしまうだろうから、今年は思う存分咲いて、早めに、向こう側の新しい土手に種を飛ばしておいてもらいたいものである。

今日はこれから出かけて泊まりがけになる。朝の更新は遅くなってしまうだろう。

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2007年3月 9日

弥生九日の歌

高暗き寒の戻りの雲のもとただ輪郭をなぞる筑波嶺


今日も妙に寒い。先月の今頃より、ずっと風が冷たいような気がする。

もっとも、先月からずっと順調に暖かくなってしまったら、週明け頃には桜が咲いてしまってもおかしくないぐらいだから、自然は少し足踏みして調整しているのだろう。

田んぼの一本道の彼方に、筑波山の陰が見える。冬の間はもっと空気が澄み切っていたから、細部まで見えたが、さすがに、すこしぼんやりとしているので、春なのだという気がする。

桜の咲く頃には、この山影がもっとおぼろになってしまう。

朝から泊まりがけの仕事となるので、もしかしたら、更新が不定期になるかもしれない。いずれにしても、歌を詠むことに変わりはないので、最終的には毎日更新が続くようにしたい。

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2007年3月 8日

弥生八日の歌

危うくもネオンの色に染まずして白木蓮はこの宵も咲く


今月四日にデジカメを忘れてしまったため、ケータイ写真でピンぼけになってしまった (参照) 取手駅西口の白木蓮に、再チャレンジした。

今日こそはまともに撮ろうと思っていたのだが、取手駅に着いた頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。ちょっと残念。

ストロボを使った場合と使わなかった場合を比べてみると、やはりストロボなしで、周囲のネオンの灯りだけで撮ったこちらの写真の方が、自然に撮れている。

ストロボを使うと、花だけが真っ白で、周囲が真っ黒になってしまう。なにやら、パリコレのドレスのプリント柄にでもありそうな感じだが、写真としてはちょっと異様だ。

いずれにしても、今度は自然光できちんと撮れる時に撮ってみよう。

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2007年3月 7日

弥生七日の歌

毎年の彼岸の入りの寒き風半月前に吹き渡るなり


この二、三日、気温が低い。今日も日射しの割に、北風の冷たい一日が暮れた。そういえば、春の彼岸の頃はこんな感じの日が続くことがある。

正岡子規の句に 「毎年よ彼岸の入りに寒いのは」 というのがあって、これは彼の妻のふともらした言葉をそのまま頂いたと伝えられている。

その毎年のことが、今年は半月前倒しなのだと思えば、妙に納得される。車に付けていたスタッドレスタイヤも、昨日、普通のラジアルに履き替えたし。

写真は取手駅西口のペデストリアンデッキからみた夕暮れの景色。やっぱり、春の夕暮れの色である。

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2007年3月 6日

弥生六日の歌

黒雲の切れ間より射す日はいまだ高くあるらし彼岸近づく


夕暮れ前に帰宅の道をたどっていると、カーラジオの天気予報が、千葉では雷注意報が発令と告げていた。雹が降るおそれもあるらしい。

こちら、茨城西南部の道も小雨が降ったり止んだりして、ウィンドウのワイパーを動かしたり止めたりだ。

今日までは妙に暖かかったが、朝からはまた冬の寒さが戻るという。いくら暖冬だったといっても、一本調子で春になるわけではないようだ。

小貝川のほとりまで来て関東平野の広い空を見上げると、まさに何でもありの様相である。南西方向の空は案外晴れていて、青空ものぞいているが、都心方向はおどろおどろしいほどの黒雲で覆われている。

その黒雲の切れ間から、光線が差し込んでいるのが幻想的だ。午後四時だが、夕暮れの光の角度ではない。あと半月で、春の彼岸である。

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2007年3月 5日

弥生五日の歌

ひたち野の辰巳に向かふ川面には逆波立ちて春は来にけり


「春嵐」 という言葉を思い出した。

朝から妙に暖かい日だったが、昼前から風が強まり、一時はかなりの強風になった。日が暮れてからは時々雨がざっと来る。

ホームページ作成受注先で、予期せぬ PC トラブルが発生。システムのメンテまでは受注していないのだが、行きがかり上、半日がかりで復旧させる。ああ、疲れた。

写真は夕方前の空模様。黒い雲がかなりの速さで南から北に流されている。この写真を撮ってからすぐに雨が降り出した。

我が家の裏手の川は南東方向に流れているが、強い南東の風で、この流れと逆方向に波が立っている。この波が立つと、春も本物だ。

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2007年3月 4日

弥生四日の歌

朝には蕾でありし白木蓮夕べは花で人らを迎ふ


初夏と言っては大袈裟かもしれないが、三月初旬にしてはべらぼうに暖かな一日だった。

朝、取手駅西口ロータリーのハクモクレンが今にも芽吹きそうになっていたが、夕方五時頃に帰ってきたら、もう三分咲きぐらいになっていた。

ペデストリアン・デッキから写真を撮ろうとして、デジカメを持って出るのを忘れたのに気付いた。ケータイ写真で撮ったので、やっぱりあまりきれいに撮れていない。残念。

近頃よくデジカメを忘れてしまうので、以前よりはケータイ写真の扱いには慣れてきたつもりなのだが、やっぱり思うようにならない。多分、満開になった頃に改めてデジカメで撮り直すことになるだろう。

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2007年3月 3日

弥生三日の歌

僅かにも薄紅の色差しをりて白梅はなほ白梅なりき


久しぶりの休日だ。改めて庭に目をやると、梅の花が三分咲き以上になっている。

我が家の梅は遅咲きで、例年だと三月中旬にようやく咲き始めるのだから、三週間ぐらい前倒しで咲いていることになる。

うちの梅は白梅だとずっと思っていたのだが、こうしてみると、花によっては内側がずいぶん薄紅がかっている。ただ、全体としてみると、白梅に見えてしまうのだ。

三月に入ってから、下手すると二月中旬のぽかぽかと春めいていた頃よりも、ずっと寒いんじゃないかという日が続いている。この分だと、梅の咲いている期間が長くなるんじゃなかろうか。うれしいことである。

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2007年3月 2日

弥生二日の歌

ひさかたの光は細きケーブルを通じ我が家に射し来たるなり


今日から我が家も光ファイバーである。私が仕事で留守にしている間に、工事が完了した。その間、IT が苦手な妻が立ち会ったのだが、何のことなく、さっさと終わったそうだ。

家に帰ると、既に光ファイバー用のルーターが設置してある。このルーターをちょいちょいと設定したら、ありゃ、つながらない。

どうしたものかと思って、モバイル用ノートパソコンのピッチ接続で調べているうちに、ふと気付いたらつながっていた。へぇ、光って、つながると速いが、つながるまでは遅いんだ。発見である。

で、今日の写真をアップロードしたら、瞬きの間より短いほどの、ほんの一瞬で済んでしまったので、光ファイバーになったことを実感した。仕事先で光ファイバーはいくらでも使っているのだが、不思議なもので、自宅で経験するとことさらに速く感じる。

写真は、取手駅近くの国道六号線の、横断歩道橋の上から、都心方面を望んだもの。奥の方が、利根川にかかる利根大橋である。

なお、最近あまりにもトラックバック・スパムが多いので、「トラックバック公開を保留」 という設定にさせていただいた。これからしばらく (あるいはずっと)、当ブログにトラバを送っても、こちらが承認するまでは公開されないので、無闇なトラバはムダということになると、ここで宣言しても、外国からのものが多いので、通じないか。

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2007年3月 1日

弥生一日の歌

日溜りを見ぬガード下夕暮れの冷たき風は潜り抜け行く


二月の下旬になってから、妙に冷たい風邪の吹く日が続くようになった。今日も日中は暖かい陽射しだったものの、夕方になると風の冷たさが感じられる。

週末は本格的な春になると予想されているけれど、一本調子で春になってしまうわけではないということだ。例年は暖かさと寒さが行ったり来たりするのが当たり前なのだが、今年は寒さが来るとちょっと変な気がする。

要するに、それほどの温暖化なのだろうが。

神田駅前のガード下は、夕方になると冷たい風が吹き抜ける。日中も日が当たらなかった分、寒々しい感じがする。

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