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2007年6月30日

水無月三十日の歌

墓下の小さき穴を僅かにも埋めて浄土に母は逝きたり


(写真はお墓ではない。念のため)

母の納骨式が終わった。天気は曇りという予報だったが、青空ものぞいて 「時々晴れ」 という但し書きがついてもいいほどになった。予感どおり、四十九日が開けたら晴れ男ぶりが復活した。

墓の蓋を開けると、祖父と祖母の骨が入っている。三十年以上も前に亡くなったのに、まだまだきれいなものだ。そこに、骨壷から母の骨を足し入れる。母の骨は、さすがに一段ときれいだ。

ここに自分の骨も入るはずなのだが、さすがにまだ実感がない。

お骨を納めて、和尚さんにお経を読誦してもらう。母は名残りのみをここに残して、阿弥陀如来に召され、浄土に行ったのだろう。合掌。

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2007年6月29日

水無月二十九日の歌

月山の源に降る五月雨の音こそ響け里に寄せ来て


母の納骨式のため、酒田に帰郷している。山形県は、昼ごろまでに大変な大雨が降ったようだが、午後には止んでいた。

それでも、空の雲は分厚く、川は濁流になっている。さくらんぼで有名な寒河江の道の駅に寄ったが、その裏を流れる寒河江川が茶色に濁って、ごうごうと音を立てて流れている。寒河江川がこんなになっているのは、初めて見た。

川上の方向から、雲居が晴れて日が射し始めている。

納骨式は明日だが、雨は降らずに済みそうだ。昨日までは曇り時々雨の予報だったが、訂正された。四十九日が開けたとたんに、晴れ男に戻ったようだ。

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2007年6月28日

水無月二十八日の歌

いかに見む工事現場に積まれたる瓦礫にもまた命のあらば


もしかしたら本当に少しは経済が回復しているのだろうか。あちこちで、やたらと工事が多い。

ビルだの立体交差だのをどんどん作るほど余裕のあるのは、東京と名古屋ぐらいかと思っていたのだが、近頃は取手駅の周辺でもちょこちょこと工事が行われている。

つい最近まで駐車場だったところが、再開発とやらで表面のアスファルトがはがされ、掘り返されている。ビルでも建つのだろうか。

はがされたアスファルトは、瓦礫となって空き地の一角に積み重ねられている。なんとなく廃墟を思わせる光景だ。

こうした瓦礫にも、「今まで、お役目ご苦労さん」 と声をかけてあげられるような人は、ずいぶん人間のできた人だろう。今日の歌は、なんだか禅問答じみてしまった。

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2007年6月27日

水無月二十七日の歌

都市てふはそこかしこにぞ異界ある心して行けこのガード下


またしても梅雨の晴れ間。今日は朝から夕方まで、都心の関係先オフィスで仕事。だから、外は暑かったのだろうが、汗はかいていない。夕方になったら、案外涼しくなっていたし。

夏至を過ぎて間もないので、夕刻は七時近くになっても十分に明るい。関西ではもっと遅くまで明るいし、九州に行ったら、さらにもっとだ。

私の故郷の庄内と東京は、それほど経度が変わらないので、若い頃はあまり意識していなかったが、最近はとくに日本のあちこちに旅する機会が多いので、数字に表れない時差が、国内にもあることを実感している。

写真は神田駅前のガード下。ガード下は、日が暮れてからのほうがより雰囲気が出るが、この時間帯は、写真に撮るとガードの向こう側がホワイトアウトするほどだ。

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2007年6月26日

水無月二十六日の歌

電線を張り巡らされ細切れに区切られてなほ重き梅雨空


梅雨空である。朝、駅近くに借りてある駐車場に車を停めて、取手駅に向かう。

駐車場は擂鉢の底のようなところにあるので、どちらに行くにも急坂を登らなければならないが、駅に向かう近道は、とくに勾配がきつい。

細い坂道を登りながら行く手を見上げると、どんよりとした雲に覆われた空が見える。その空は、縦横斜めに張り巡らされた電線で区切られているように見える。

真夏になって、真っ青な空の下で見上げると、電線はとても細く軽く見えるが、梅雨空の下では、太く重苦しく、ずっしりと垂れ下がったように見える。

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2007年6月25日

水無月二十五日の歌

西つ方黒雲途切れ望む日は思ひがけなき高みにありぬ


ようやく梅雨っぽい空模様になり、朝から細かい雨がしとしと降っていたが、昼過ぎに止んで、夕方には、立ちこめていた雲に大きな穴が開いた。

六時半頃、まだ日は思ったより高いところに残っているようだ。さすがに夏至を過ぎたばかりである。

何の気なしに、デジカメのシャッターを切っておいたのだが、後で確認すると、印象派の絵のような雲が撮れていた。なんとなくいい気持ちだ。

それにしても、関東平野の空は広い。このせっかく広い空を、都心にいる者は味わうことができない。気の毒に。

明日までは天気がぐずついて、水曜と木曜は晴れ間が出ると言っている。そして、金曜日から田舎に帰り、母の納骨式を執り行う。

今週末の庄内地方の天気予報は、晴れたり曇ったりとなっている。母の四十九日が開ける頃には、晴れ男に戻りそうだという予感がしていたが、どうやらそんな感じになってきたようだ。

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2007年6月24日

水無月二十四日の歌

つばくろの雛顔中を菱形のくちばしにして餌を待ちゐる


スターバックスの看板文字に巣を作ったツバメのことを毎年歌に詠んでいる。昨年は七月二十一日付で詠んでいるが、今年はほぼ一月早く写真に撮ってみた。

時期が早いだけあって、雛はまだ小さいが、それでも顔中を口を菱形に開けて、餌をねだっているのが見て取れる。親鳥は交代で餌をあさりに出かけているらしく、どちらか片方が巣の近くに止まって番をしている。

雛が育つにつれて、看板文字の一番右の 「E」 の字は、糞で汚れてしまうのだが、スタバのスタッフは、毎年我慢して掃除をせずにいる。それは、汚いとは感じさせず、ほほえましいものである。

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2007年6月23日

水無月二十三日の歌

川越しの雲居僅かに赤く染め陽の残りゐる長き黄昏


梅雨の中休みが途切れたと思ったら、また二度目の中休みが来たようだ。というより、実際にはまだ梅雨入りしていないのかもしれない。

夕餉を過ぎても日は残っているらしい。川越しの雲の切れ間から、赤く染まった陽射しが漏れる。

さすがに夏至の翌日である。長い長い黄昏だ。こんなにも長い黄昏が週末に訪れることは、幸いなことである。

明日も晴れるらしいが、日曜の黄昏がいくら長くても、土曜の黄昏に比べて物悲しい

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2007年6月22日

水無月二十二日の歌

堰満たす水面と夏至の夕暮れの流れを止めて映る梅雨空


今日は紛うことなき梅雨空である。ただし、長続きせず、明日は晴れるということだが。

雨の中、車の修理に行ってきた。愛車マツダ・デミオのフロント・サスペンションの何だかかんだかに不具合が発見されて、リコールが通告されたので、さっそく無料で取り替えてもらったのである。

ところが向こうもさるもの。ホィールキャップのツメが壊れて、ちょっとした衝撃で飛んでしまうおそれがあるというので、一枚新調した。

確かに、近頃窓を開けて走ると左側からキコキコいう音が聞こえていて、「そのフロント・サスペンションの不具合のせいなのかなあ」 と思っていたのだが、単にホィールキャップがおかしくなっていたせいだったのだ。

五千六百円の出費。世の中、本当にただで済むものは、なかなかない。

帰りに小貝川の土手を走ってきた。岡堰に湛えられた水はたっぷりで、冬から春にかけての時期とは別の景色になっている。これでも水不足が心配されているというのだから、世の中わからないものだ。

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2007年6月21日

水無月二十一日の歌

雲晴れて弓張月の浮かび来ぬ夏至は明日なり今日にしあらず


夕方になるまで、今日が夏至だとばかり思い込んでいたのだが、今年の夏至は明日なんだそうだ。何だか拍子抜けした。

しかし、明日は天気が下り坂に向かって、今日よりも雲がずっと多くなりそうだ。きっと暗くなるのも早いだろう。

今日にしても、あまりぱっとしない天気だったし、夏至はいつも湿っぽい。日暮れが早くなってから真夏の風物詩が目白押しになるので、日本の夏がいつもちょっとだけ物悲しさを秘めているのは、そんなところもあるのだろう。

取手駅に降りて南西の空を見上げると、ちょうど雲が晴れて、弓張月がきれいに浮かんでいた。

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2007年6月20日

水無月二十日の歌

辛うじて想像上のフィルターを通し都会の空気を吸ひき


久し振りに渋谷駅で下車、夏の日差しの下、汗を流しながら二四六号線を青山方向に歩く。

こういう場所を歩くと、なんとなく空気を吸うのが嫌になる。私はついに都会人にはなりきれない人間だと思う。

西荻窪のアパート暮らしから、つくばの里に引っ越したのが、三十歳になったばかりの頃だったと思う。それからずっと二十年は都心のオフィスに通勤し、今でも、主な仕事場は東京都内だから、少なくとも週に三日か四日は都心に通う。

それでもやはり、いかにも大都会という光景の真っ只中を歩くのは、抵抗がある。自然の中で空気を一杯に吸って歩きたいと思う。

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2007年6月19日

水無月十九日の歌

夕暮れと逆方向の陽射し浴び白く輝く朝の駅前


朝、都心方面に仕事で出かける時には、急いでいるので後ろを振り返ることなどほとんどない。だから、取手駅から西口方面を見渡すのは、夕方以後、帰宅するときしかない。

今日、何の気まぐれか、朝に取手駅の入り口で後ろを振り返ってみた。すると、夕方の景色とかなり印象が違うことに気付いた。

西口なので、夏の夕方は沈む太陽に向かい合うことになる。当然にも、景色は逆光である。しかし、朝の陽射しは背後の東側から当たるので、ビルの壁がすっきりと白い。

いつもと違うことをするということは、結構大切なことだと気付いた。さらに、それをするためには、心に余裕を持つことも必要だということもわかった。

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2007年6月18日

水無月十八日の歌

称名を聞きつつあるいは唱へつつ念仏坂を人は行きしか


ほぼ十五年ぶりぐらいで、地下鉄都営新宿線の曙橋という駅で下車した。以前は市ヶ谷、片町方面によく行く機会があったのだが、世の中の移り変わりで、今日は反対側の出口である。

こっち側の出口を出て、あけぼのばし通り商店街を歩いていくと、向こう側とはかなり雰囲気が違う。下町に近いムードすらある。

商店街の中ほどを右に曲がると、「念仏坂」 という坂がある。坂といっても、今は石段になっているが、昔、文字通りの坂道だった頃は、かなりの急坂だっただろう。

この坂の名の由来は、近くに坊主が住んでいて、いつも念仏が聞こえたからこの名が付いたという説と、勾配とカーブの具合があまりに急で危険なので、念仏を唱えながら通ったためという説があるという。

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2007年6月17日

水無月十七日の歌

五月晴れ白き葵は真直ぐなる茎を日ごとに咲き昇り行く


結局、昨日と一昨日は九州だけが雨模様だったようで、関東は上天気で暑かったらしい。十四日に梅雨入りしたはずなのだが、翌日からあっという間に梅雨の中休みになったようだ。

猛暑・小雨の傾向というのは、当たりそうな雲行きだが、こんな年に限って、梅雨明け直前に帳尻合わせの豪雨なんてことがあるから、注意しなければならない。

今日も一日いい天気だった。梅雨らしくないからりとした晴天で、風もさわやかである。さて、これでいいのかなあ。

土手の散歩道にタチアオイの花が咲き始めている。真っ直ぐにたった茎に、ポツポツと白い花が咲いているが、まだまだ蕾の方が多い。中には、ほころび始めて、明日には咲くだろうというようなのもある。

このタチアオイが満開になる頃は、夏本番だろう。

(五月晴れ: 本来は梅雨時の晴れ間 - 念のため)

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2007年6月16日

水無月十六日の歌

日向なる国の陽射しをついぞ見ぬ旅にしあればまた訪ね来む


宮崎での仕事が終わった。結局、雨は降ったり止んだりだったが、まあ、何とか屋外撮影もこなせたし、よしとしよう。

これで、九州は全県制覇だ。来るたびに思うのだが、九州は相性がいい。何度でも来たくなる。今回も 「もっと天気のいい時に、また来てください」 と言われたが、本当にまた来たい。

出発の時間が近づいている。今、空港ゲイトでこれを書いているが、窓の外は雨がひどくなっている。大雨が、私の仕事の終わるのを待っていてくれたのだと思えば、次回の出張からはまた晴れ男ぶりを取り戻せるだろう。

写真は、宮崎空港ビルの外の、ブーゲンビリアと棕櫚を見上げたところである。

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2007年6月15日

水無月十五日の歌

棕櫚の葉は日向の国の五月雨に濡れにぞ濡れて重く垂れゐる


三時ごろに羽田を発って、五時前に、今話題の宮崎に着いた。もちろん、遊びではなく、仕事である。

羽田では、「宮崎空港、視界不良のため、着陸できない場合は羽田に引き返す条件付き」 などとおどかされたが、飛んでみれば、なんのことなく着陸できた。

着陸時にはかなりの雨が降っていたが、JR で宮崎駅に着いたときには、際どいところで止んでいた。ところが、夕食を取ってホテルに帰ろうとすると、また降り始めている。なかなか忙しい。

出張先で雨に降られたことのない晴れ男の私だが、先月、母が亡くなってからは二度連続して、雨模様である。四十九日が明けないうちは本領を発揮できないかもしれない。

宮崎はあちこち、棕櫚 (シュロ) だらけだ。聞けば、棕櫚の原産地は宮崎だという。しかし、このあたりの棕櫚は、葉が柔らかそうで、バホバホに垂れ下がっている。

我が家の庭に生えているのは、葉が固くて、ツンツン跳ね上がっているのだが、あれは、中国原産の 「トウジュロ」 というものらしい。宮崎原産の柔らかいのは、「ワジュロ」 というのだそうだ。道理で見た目がかなり違う。

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2007年6月14日

水無月十四日の歌

五月雨の青田に光る白銀 (しろがね) 首伸ばしてぞ鷺は佇む


今朝、出がけに田んぼの中の近道を行くと、白鷺が舞い降りていた。近頃、何度か白鷺の写真を撮っているのだが、なかなかうまく撮れない。今日こそはと、少し念入りに狙ってみた。

(最近のは、これこれ

カメラが安物で、ズームが三倍までしかきかないから、ほんの小さく映ったのを、トリミングで廻りを切り取って大きく見せている。

かなり慎重にピントを合わせて、ゆっくりとシャッターを押したので、今までで一番まともに撮れたと思う。たまたまだが、被写体の角度もうまくいった。それに、曇り空の下だと、白鷺の光るような白さがさらに際立つ。

何となく、白鷺と親しくなれたような気がする。

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2007年6月13日

水無月十三日の歌

何を見ることもなく皆公園の同じき方を眺めゐる昼


今日は昨日以上に蒸し暑い。空気の中の湿り気が増してきている気がする。確かに梅雨入りが近いのだろう。昼前には九州北部が梅雨に入ったそうだし。

昼頃、神田岩本町付近を歩いていると、小さな公演でサラリーマンたちが休んでいる。少しでも木立があると、さすがに風は涼しく感じられる。

公園のベンチに座って、皆同じ方を眺めているので、何かイベントでもあるのかと思ったが、そうでもないようだ。何とはなしに、誰もが同じ方を向いて、涼を取っているのだ。

不思議な光景である。

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2007年6月12日

水無月十二日の歌

蜘蛛の巣は夜来の雨と霧を受け珠の綴りとなりて光りぬ


私は自宅の敷地内に蜘蛛の巣が張っていたとしても、無闇に払ったりはしたくない人である。まあ、通路を塞ぐように張っていたら、さすがに払うけど。

蜘蛛だって、せっかく苦労して張った巣である。張ったしりからどんどん払われてしまったんでは、立つ瀬がない。それに、要所要所に蜘蛛の巣があると、害虫除けになって、案外ありがたい。

今朝、階段の踊り場のカーテンを開けると、窓の向こうに見事な蜘蛛の巣が張られていて、夜来の雨と霧のおかげで、細かな水滴がつき、とてもきれいに見えた。せっかくなので、写真に撮っておいた。

蜘蛛の巣越しに見えるのは、雨で水量の増えた川の流れである。

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2007年6月11日

水無月十一日の歌

下町の思いがけなき足許に水はずつしりとたゆたひてあり


今日は珍しく、茅場町近辺に行く用事があった。この辺りは、今ではもう金融街になっているが、小路に入れば昔の下町の面影が残っている。

そして、水路がずいぶん多い。ビルのすぐ裏を水路が縫うように走っている。

雨は午前中で収まるかと思っていたが、思いのほか長引いて、三時ごろになってようやく青空がのぞいてきた。青空が出れば出たで、今度はやたらに暑い。

今週の金曜日辺りから、梅雨入りすると予想されている。蒸し暑さの季節になる。

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2007年6月10日

水無月十日の歌

黒雲はおのが重みに耐へかねてこの広き野に降り注ぐらむ


常磐道の岩間インターを降り、国道六号方面に少し行くと、右側に広大な農地が見渡せる。最近になって、東大付属牧場であることを知った。

さすが、東大の付属施設である。なんだか、見渡す限りという感じの牧場だ。牛がぽつんぽつんと草をはんでいる。それにしても、東大にも農学部があったのだな。

今日、こここを通りかかったのは、昼前。空はどんよりと曇っていた。それから二時間ほどすると、滝のような雨になり、雷も激しく鳴り出した。牛たちはあの雨の中をどうやって非難したのだろう。

不安定な天気は今日まで続いたが、明日からは少しは安定するらしい。そして、金曜日あたりから梅雨入りしそうだと、予報は告げている。私は、金曜日に羽田を発って宮崎に行くのだが。

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2007年6月 9日

水無月九日の歌

見渡せど他のどこにもなき白の羽つくろひて鷺は佇む


昼前にカーラジオの天気予報で、所によっては 「傘が役に立たないほど」 とか 「ワイパーが効かないほど」 とかの大雨になると脅かされたが、どうやら、そんな雨には降られずに済んだようだ。

この天気予報を聞いているとき、田んぼの中にはたくさんの白鷺が降りて、羽を休めていた。餌をあさるでもない様子をみると、もう、腹は一杯になったのだろう。

つい先日までは苗はまだひょろひょろで、田に張られた水には空の色が映っていたのだが、今では田はびっしりと緑に覆われ、鷺の羽の白さを浮き立たせている。梅雨入りはまだ先のようだ。

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2007年6月 8日

水無月八日の歌

梅雨入りを控へし風に道ありて川面の波にそは刻まれり


午後からは不安定な天気になるとの予報が出ているが、夕方の五時を過ぎても、雨は降っていない。明日は雨の確率がずっと高くなりそうだが、今日のところは何とかもちそうだ。

土手の道を歩くと、今日は風が少し強い。かなり微妙な風で、湿ってはいるが、梅雨入りを思わせるほどじっとりとした感じではない。

川面には、細かい波紋が無数に立っている。風の吹き渡る道に沿って、微妙な違いがあるらしく、波紋の細かいところと粗いところがはっきりと分かれている。

海の上だと、この違いはかなり明確になって、まるで海面に刷毛で模様を描いたようになることもあるが、こんな小さな川でも、風の吹く道というのはしっかりと存在するわけだ。

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2007年6月 7日

水無月七日の歌

ゆりかもめの名を負ふ車両ひたすらに軌道をうねる羽ばたきもせず


久しぶりに、有明に用事があって、「新交通ゆりかもめ」 に乗った。以前、国際展示場前のオフィスに通っていた頃は、「ゆりかもめ」 は新橋~有明間を往復していたが、最近は有明の先の豊洲まで伸びている。

写真は、有明から乗って、豊洲に向かう車両の最後部から映したものだ。

和歌ログを始める少し前、「湾岸を滑るが如くゆりかもめただうねるのみ羽ばたきもせず」 という歌を詠んだことがある。もちろん、この 「ゆりかもめ」 は 「新交通ゆりかもめ」 のつもりだったのだが、ほとんどの人は、鳥の飛ぶ様を詠んだものと思ったようだ。

まあ、それでも情景は浮かぶから、歌というのはおもしろい。今回の歌はその第二弾で、鳥ではないことを明らかに詠んだつもり。

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2007年6月 6日

水無月六日の歌

駅に向かふ道に今年もじふやくの咲けば親しき心地増したり


昨年の六月、生まれて初めて 「ドクダミ」 の花の姿と名前が一致した。六月十三日のログで、写真を載せ、その翌日に、図鑑で調べたらその花の名前がわかったのである。

「ジュウヤク」 またの名を 「ドクダミ」 というのであった。

というわけで、私は 「ドクダミ」 に独特の思い入れができてしまったのである。強いつながりができてしまったような気がするのだ。

「ドクダミ」 という名前には似合わぬ可憐な花なのだが、白い部分は実は花ではなく、その先についている黄色の部分が、花の固まりなのだそうだ。

で、その可憐な 「ドクダミ」 が、今年もまた咲き始めて、わけもなくうれしく思っている。

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2007年6月 5日

水無月五日の歌

下町の東京メトロの入り口に自転車はただ主を待ちゐる


今日は朝から都内各所の展示会巡り。山の手から下町まで、移動している。

下町といえば人形町。地下鉄人形町駅前の多数の放置自転車を見て驚いた。以前はこんなに自転車が放置される街じゃなかったのだが。

堀留辺りの繊維問屋がどんどん廃業し、その後にマンションが建っているとは聞いていた、要するに、この近辺に 「住んでいる」 人が増えたのだろう。それで、人形町駅まで自転車で通ってくるとしか考えられない。これらの自転車の主は、山の手の会社に通っているのだろうか。

世の中、変われば変わるものである。都心の人口が少し増えているというが、確かにその通りのようだ。

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2007年6月 4日

水無月四日の歌

この夏は暑き夏とぞなるならむ梅雨入り前の風は告げゐる


このところ、ようやく安定した晴天が続くようになった。とはいえ、来週後半には梅雨入りするのだろうが。

昼頃、裏の土手の道を歩いたら、ギラギラした真夏のような日射しだった。今年の夏はラニーニャ現象の影響で、猛暑になると予想されているようだが、私は中長期予報というのは当てにならないと思っているので、半信半疑で聞いていた。

しかし、今日のこの日射しの下を歩いたら、もう、直感的にというか、生理的にというか、「今年の夏は暑くなる!」 という気がした。

なまじ風がさわやかなだけに、梅雨が開けたら、これがかなりの暑さに変わりそうな気がする。覚悟しておこう。

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2007年6月 3日

水無月三日の歌

青田より飛び立つ鷺の脚先を僅かに染むる赤黒き土


つくばの田では、まだ白鷺が普通に見られる。田んぼに降りて、餌をあさっているのだ。

今日も出がけに近道をしたあぜ道の周りに、白鷺がたくさんいた。昔は、こんな風に、朱鷺が普通に見られたんだろう。

田んぼの苗がかなり育って、緑色が濃くなってきたので、その中に点在する白鷺はとてもすっきりと鮮やかに見える。

そして、さっと飛び立ったときの長い足に、田の泥が付いているのをみると、自然の中に生きている厳しさも感じられる。

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2007年6月 2日

水無月二日の歌

草を刈るエンジンの音微かにも運び来る風マーガレット揺る


今日は久しぶりに朝からずっと穏やかな日和である。土手の道を散歩すると、空にはいろいろな鳥の声が満ち、地にはいろいろな花が咲いている。

その向こうから、草刈り機のエンジンの音が響いてくる。目に見えて動くものはそれほどないが、耳をすませば、世界は忙しく動いているとわかる。

初夏は動きのある季節である。これが梅雨となり、真夏になると、照りつける光りの中で、すべてが止まってしまうように見える。そうなる前に、生命は動きに動いて、夏を乗り切る準備を整えている。

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2007年6月 1日

水無月一日の歌

つばくろのついと横切る川の面に番 (つがい) の鴨の浮かびて休む


今日から六月。朝のうちは曇っていたが、昼過ぎからは青空になった。ところが、栃木県では大雨警報だという。関東もなかなか広い。

銀行関係とケータイの契約プラン変更手続きなどで、昼頃、車で出かけたときは、窓を開けて走ると涼しい風が入って、なかなか爽快だった。梅雨入りするまでは、一年中で一番気持ちのいい季節である。

先月二十二日に、裏の川を泳ぐカモを撮ろうとしたところ、カメラを構えたとたんに、さっと逃げられたことを書いたが、今日はつがいで泳ぐカモの撮影に成功した。

それでも、かなり遠くからそっと撮ったので、こんなに小さくしか写っていない。安物のコンパクト・デジカメで、三倍までしかズームが効かないので、あとはトリミングで処理した。そのうち、もう少し近くから写せたらと思う。

この川の上は、何羽ものツバメがスイスイと横切って飛んでいた。

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