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2007年7月31日

文月三十一日の歌

受くる者なく宙を飛び消えて行くはぐれ電波のあまたあるらむ


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昨日、出張から戻って取手駅で下車したときは、あまりの涼しさにびっくりした。今日になってもそれほどの暑さは感じない。やはり、「猛暑で少雨」 という季節予報は外れたということのようだ。

今日はうっかり携帯電話を自宅に忘れてきてしまった。別にどうということはないはずだが、なんとなく何か足りないような気がする。文明の利器に頼りすぎのようだ。

今日私の携帯電話に飛んでくる電波は、「はぐれ電波」 である。

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2007年7月30日

文月三十日の歌

歌詠むは大和心のリハビリと日帰り出張の帰路に気付きぬ


昼過ぎから名古屋で開かれる会議に出席するため、朝イチバンで、新幹線の回数券を出して指定席券を発行してもらおうとしたら、「静岡県内の豪雨で、新幹線は運転を中止しています」 という。

「ありゃりゃ、どうしよう?」 と思って、とりあえず東京駅まで行ってみると、朝の九時からストップしていた新幹線が、動き始めたばかりだった。

指定席なんぞを発行してもらったら、自分の乗るべき便がいつ出るかわからないから、とりあえず、自由席で行くことにしようと、新幹線の改札をくぐった途端に、静岡県内の落雷で停電になったため、再び運転見合わせと言い出した。

仕方がないので、とにかく、一番早く発車しそうな便の自由席に座って待っているうちに、約四十分遅れで発車。それからは大した遅れもなく、時間ギリギリに名古屋に滑り込んだ。

夕方は何のことなく戻って来ることができて、日帰り出張、完了。写真は日の暮れた国道六号線 (水戸街道) である。

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2007年7月29日

文月二十九日の歌

土手の道に刈り残したる姫女苑薄紅葵雨を待ちゐる


めでたく午前中は晴れて、恒例の町内一斉草刈りが敢行された。

大変な蒸し暑さで、途中で水分補給しながらの奮闘。小型エンジン付きの草刈り機で、土手に生えた雑草をまるでローラーのごとく刈る。

委細構わずどんどん刈り取っていくが、ところどころ、ウスベニアオイやヒメジョオンがぽつりぽつりと生えているので、そこだけは慎重に避けておく。このくらいは残して置いた方が、風情というものだ。

通りがかる人だって、きちんと避けて歩いてくれるだろう。

作業が終わってからは、シャワーを浴びて昼食をとり、そのままばったりと寝てしまった。近頃はずっと休みなしの状態だったから、今日は貴重な休日である。

三時頃、某党の関係者からの 「棄権防止のお電話」 とやらで、昼寝から覚まされた。まったくもう、そんな要らぬおせっかいされなくても、夕方にはちゃんと投票に行くのに。

雨はぱらりと降っただけで、すぐに止んでしまった。本格的に降って、明後日頃に上天気になれば、気象庁も気持ちよく梅雨明け宣言できるのだろうが、なかなかはっきりしない。

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2007年7月28日

文月二十八日の歌

ひむがしに淡き光の帯びてよりひた待ちていま日は昇り来ぬ


土日はまとまった雨が降りそうな予報が、金曜日当たりまで続いていたはずなのに、今日はまずまずの天気で、蒸し暑い陽気だった。夕方に通り雨があったが、すぐに止んでしまった。

写真は、今日の日の出。

明日の日曜日の降水確率は 八十%ぐらいになっていたはずなのに、今日、予報をみたら午前中は二十%となっている。

実は、明日の午前中は町内会の一斉草刈りがある。この草刈りは、実は二十二日に予定されていたのだが、雨天順延になった。で、二十九日も雨の予報だったので、密かに休ませてもらえるものと期待していたのだが、そうもいかないようだ。

近頃、休み無しで働いていて、かなり疲れ気味なので、本当は休みたかったんだが、仕方がない。草刈りが終わってから、ちょっとだけ昼寝をさせてもらおう。

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2007年7月27日

文月二十七日の歌

青き実の黄に変はりてもその味の青きうちにぞミニトマト噛む


もう梅雨は明けちゃったんじゃなかろうかという気がするほどのいい天気だが、明日から三日間は雨になるということなので、それが過ぎるまで待たなければならないんだろう。

家の裏の空き地に、ミニトマトができはじめた。青い実がだんだんと黄色に色づく。いくら熟しても赤くはならないようだ。

ここは本当に空き地で、しかも法的には 「公園」 に類するものとして位置づけられているようなので、誰の土地でもない。というか、みんなの土地という感じになっている。

というわけで、ここに成ったミニトマトは、適当に採って食べても、誰も文句を言わない。一種の 「入会地」 みたいなものである。

まあ、わざわざ離れたところから採りに来る人もいないから、実際には向こう三軒両隣程度の入会地だが。

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2007年7月26日

文月二十六日の歌

ヘルシンキに響く大和の水しぶき聴きつつ母は我を産みしと


今日は私の五十五回目の誕生日である。

母はよく、ヘルシンキ・オリンピックの水泳のラジオ実況を聞いて、「日本、がんばれ!」 と夢中で応援しているうちに、いつの間にか私が生まれていたと語っていた。

よほどの安産だったのだろう。その母も、この五月に亡き人となった。

誕生日になっても梅雨が明けないのは、去年と同様だ。朝のうちはなかなかいい天気で、「これなら梅雨明け宣言してもいいんじゃないか」 と思っていたが、午後三時過ぎに急に本降りになってしまった。

Goo の天気予報では、午後の降水確率は三十パーセント程度で、「かさ指数」 という数値は十、(傘を持たなくても大丈夫です) というものだったのだが、ちょっと外れてしまったようだ。おかげで私も、神田の街で少し雨に濡れてしまった。やっぱり、梅雨明けはまだ先のようだ。

写真は、午前中の空。青空も見えるが、今になってみれば、雲の面積がかなり大きいように思う。

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2007年7月25日

文月二十五日の歌

梅雨明けを前に青空広がりて生まれ日を前に年取りぬ我は


関東の梅雨はまだ明けない。昨日は快晴だったが、空気の質が 「夏」 ではなかった。

昨日は湿度が二十数パーセントしかなかったらしい。暑い割にすがすがしかったのはいいが、「梅雨明け」 後に日本を覆うはずの太平洋高気圧の、じっとりと暑い空気ではなかったというわけだ。

大陸の高気圧が優勢なうちは、まだ本格的な夏じゃない。まあ、「冷夏」 をもたらすオホーツク高気圧でなかっただけましだが。

ニュースでは、梅雨明けは八月にずれ込むかもしれないなどと言っている。明日は私の誕生日なのだが、梅雨明け前に年を取ったのは、今までに十回以下である。

そういえば、日本人は民法によって、誕生日の前日には年を取るんだった。以前、ブログで書いている (参照)。ということは、今日で五十五歳である。へぇという感じだ。

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2007年7月24日

文月二十四日の歌

ひさかたの光に映ゆる夏の樹を僅かに揺らす風も凪ぎたり


久しぶりの快晴だ。自分の和歌日記を辿ってみると、晴れらしい晴れは、七月八日以来、快晴は先月の二十七日以来のようだ。

ただ、近畿地方は梅雨明けが発表されたが、東日本はまだだ。快晴は今日限りのようなのだ。

今年は珍しく気象庁発表の季節予報を真に受けてしまい、もうひとつのブログ、"Today's Crack" の方で 「この夏は、猛暑で小雨になりそう」 というエントリーを書いてしまったが、これまでのところでは、完璧に 「ハズレ」 である。

やっぱり中長期予報というのは当てにならないのか。ただ、「少雨」 ということに関しては、もう 「ハズレ」 が確定しかけていると思うが、「猛暑」 の方は、まだまだこれからどうなるかわからないので、油断できない。

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2007年7月23日

文月二十三日の歌

その昔海なりし頃この道に海豚の我は迷ひたるなり


今日は仕事で千葉の近郊、四街道に行った。高速道路を利用するようなルートでもなく、かなり時間のかかりそうな気がしていたが、カーナビの言うままに行くと、二時間かからずに到着。

利根川を横切り、関東ローム層の平坦な台地っぽい田舎道を辿って、印旛沼のほとりを通過して千葉市に近づいて行くにつれ、今度は起伏の多い道になる。

この辺りは、多分昔は海だったんだろう。こんもりとした盛り上がったところは、島だったんだろうか。そんなことを考えながら、上ったり下ったりしているうちに、いつの間にか目的地に着いた。

雨は朝のうちにちょっと降ったが、あとはほとんど曇り空。昼頃にもう一度少しだけ降ったようだが、屋内にいたので気付かなかった。だんだん晴れ男に戻りつつあるようだ。

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2007年7月22日

文月二十二日の歌

夏風邪の三日は過ぎて風景に輪郭戻り可も不可もなし


今日の写真は、とりわけできが悪い。何が何だかわからないだろう。常磐道の岩間インター付近にある東大付属牧場の光景だ。

朝に通りかかったときには、牧草地のもっと手前の方に、絵になりそうなホルスタインが数頭、草をはんでいたのだが、時間がなくて写せなかった。

夕方、帰り道で通りかかったときには、牛たちはずっと彼方の牛舎の方に引っ込んでいて、しかも、あまり絵にならない黒牛が前面に出ている。写真の真ん中よりやや右にいるのがそうなのだが、説明されなければ、誰も牛とは気付くまい。

ちなみに、夏風邪は大分よくなって、今日は自分の肉体の中に自分の魂がちゃんと宿っている気がした。

その代わり、撮った写真は昨日の方がずっとマシだ。体調がよければまともな写真が撮れるとは限らないようだ。歌の方もそうかもしれない。

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2007年7月21日

文月二十一日の歌

子供らの夏の絵日記の初めには明けぬ梅雨空描かるるらむ


梅雨の終盤になって、本当に本当に久しぶりに風邪らしい風邪を引いてしまった。体がだるい。それでも、仕事は放ってはおけない。

ああ、休みたい。それでも、休めない。多分、働いているうちに、気付いたときには治っているんだろう。これまでだって、いつもそうだったし。

夕方、車で帰ってくる途中の景色を写してみた。ちょうどいい具合に霞んでいて、ちょっといい感じだ。どこか印象派の絵っぽい雰囲気。

帰ってきてからちょっとだけ横になったら、あっという間に二時間爆睡してしまった。目が覚めてみると、少し楽になっている。今回も、こんな風にして治ってしまうのだな。

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2007年7月20日

文月二十日の歌

羽田より見えぬ道筋辿りつつそろりそろりと昇る旅客機


昨日は、妻が友人と一緒にベイエリアに行って、ゆりかもめに乗ったり、水上バスに乗ったりして楽しんできたそうだ。

そして今日は私が、仕事でベイエリアに行った。ゆりかもめには乗ったが、水上バスには乗れなかったのが残念だ。

有明の辺りは羽田に近いので、しょっちゅう旅客機が上り下りしている。一見、とてもゆっくりと見えるので、あんなのが飛ぶのは不思議な気がするほどだ。

自分が飛行機でどこかに行くときなど、窓から見下ろすと、航路によっては、今日私が行ったあたりの光景がしっかりと見えることがある。

今飛び立っていく飛行機からも、私のいる辺りが見えているのだろうと思うと、ちょっと不思議な気がしてしまう。

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2007年7月19日

文月十九日の歌

野草とはいへど幼き姫君の姿にぞ見ゆるその名を知れば


近頃、都会の写真が多くなっていたから、自然ぽい写真が欲しいと思っていたところ、ごく身近にそれはあった。裏の土手の道に咲くヒメジョオンである。

恥ずかしながら、今日調べてみて初めて知ったのだが、「ヒメジョオン」 というのは、和名なのである。漢字では 「姫女苑」 と書くのだそうだ。(参照

私はこれまで、「ヒメジオン」 と呼んでいて、てっきり西洋渡りの外来語だと思っていた。ところが、北米からの帰化植物ではあるものの、名前は日本で独自に付けられたもののようなのだ。

まったく、花の名前に疎いというのは恥ずかしい。今日を境によく覚えておこう。ヒメジョオン、姫女苑と。

自宅の廻りは、まだ自然が少しは残っている。こんなところに住んでいると、花は派手な色の園芸品種よりも、しみじみとした山野草に近いものの方に心惹かれる。ヒメジョオンは、さしずめその代表かもしれない。

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2007年7月18日

文月十八日の歌

大江戸と大東京の道筋の交わる角に幻は立つ 


神田岩本町の辺りは、初めて来る人に道案内をするのがなかなか難しい。

お江戸八百八町の頃から、基本的には碁盤の目のような道が通っているのだが、まっすぐのように見えて微妙に曲がっていたりするので、なかなか手ごわい。

その上、幹線道路や山手線が、碁盤の目に対して斜めに走っているので、かなり錯覚しやすい。まっすぐに歩いているつもりが、途中から全然見当はずれになったりする。

写真は岩本町交差点。碁盤の目の上に、斜めに靖国通りが走り、道の交わり方として、三角がやたらに多い。初めての人は、この辺りで、自分がどっちに向かって歩いているのか、混乱してしまう。

お江戸から東京に変わった街では、ふとしたポイントで幻想が立ち上る。

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2007年7月17日

文月十七日の歌

バス停のおもちゃの如き原色のベンチに座すは夏の精霊


世間では三連休だったが、私の休日は最後の一日だった。今日もまた都心で仕事である。

写真は、「神田平成通り」 という神田駅近くのバス停にあるベンチ。まるでおもちゃ箱の中から引っ張り出してきたような、手作りっぽさが面白い。ちなみに、今までこのベンチに座っている人を、一人も見たことがない。

今年の夏は少雨の猛暑との予報の割には、かなりの雨がまとまって降っている。やっぱり、中期予報というのは半分以上外れるのか。それとも、梅雨が明けてからは暑い日が続いて、「猛暑」 という部分だけは当たるのか。

もしかして、都心がぽっかりと空いてしまうお盆の頃、この日陰のベンチに涼しげに座る人影があるかもしれない。

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2007年7月16日

文月十六日の歌

野分去り木槿の夏の空続くなゐに揺られし越の国思ふ


台風が通過したと思ったら、今度は大地震である。

十時過ぎにぐらぐらっと来たので、またいつもの茨城県南西部特有の地震かと思っていたが、どうも様子が違う。

「いつものやつ」 なら、まず初めにどーんと突き上げるような縦揺れがあって、そのまま、すぅっと収まるのだが、今回のは徐々に大きくなって、いつまでも船に揺られるような揺れ方が続く。

近くの直下型じゃない。どこか遠くで大きな地震が起きているに違いない。こんな時、まず心配になるのが、親の暮らす田舎で起きてるんじゃないかということだ。さっそくラジオを付けると、新潟上中越が震源だという。また、新潟か。

最も激しい揺れのあった地域では、這っても歩くことができないほどだったと報道されている。三年前に中越地震があったばかりだというのに、本当に気の毒なことである。

新潟は、JR で帰郷する際に通る県だし、友人・知人も多く、他人事とは思えない。心からお見舞い申し上げる。

つくばでは木槿が咲いた。今年もまた、一夏を咲き通すだろう。

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2007年7月15日

文月十五日の歌

野分過ぐ若緑なる葉の枝のフロントガラスに飛び来たりゐて


台風四号が通り過ぎた。

日曜だというのに、今朝早く仕事に出かけた時は、台風はまだ四国南岸にいた。高速道路を北上すると、時々あまりの雨脚に、時速六十キロぐらいにスピードを落とさなければならないこともあった。

激しい雨がフロントガラスにぶつかると、雨粒が砕け散るので、前がほとんど見えなくなることがある。傘を差して歩くより、ずっと恐い。

そして、台風は夕方には房総半島をかすめて、東海上に抜けたようだ。帰ろうとして駐車場にいくと、強風でもぎ取られた小枝が、フロントガラスや屋根の上に積もっていた。

帰りは雨は大したことがなかったが、吹き返しの強風はかなりのものだった。明日は暑くなるらしい。

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2007年7月14日

文月十四日の歌

週末の庭一面に広がれるクリーピングタイムは雨に濡れつつ


台風が近づいているせいで、朝から雨。まだ時々強く降るぐらいで、大雨というわけではないが、明日がどうなるか、気にかかる。

明日は早朝に車で出かけなければならないのだが、多分、その頃には大雨だろう。

Goo の天気予報のサイトをみると、日本列島には軒並み雨傘マークが付いているが、何だか違和感がある。どうしてなのか、すぐに気付いた。傘がまっすぐなのである。明日の予報なら、傘を相当斜めにしてくれないと、緊迫感がない。

写真は、我が家の庭の様子。縁側の小屋根から雨だれの落ちるところは、すっかり水たまりになっている。

クリーピング・タイムを芝生替わりに植えていて、庭一面に広がりつつあるので、近頃、蚊が減った。ハーブから発散するエキスを、蚊が嫌うらしい。ありがたい。

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2007年7月13日

文月十三日の歌

椋鳥の鳴き声のなき駅前の静けき朝 (あした) 未だ来ぬ野分


大型の台風四号の接近で、三連休はほとんどつぶれてしまいそうだ。どこかに出かける予定を立てていた人は気の毒である。

私は土日は仕事。それに加えて、土曜日はお通夜に出るということになるかもしれない。もしかしたら、大雨風の中のお通夜と葬儀なんてことになりかねない。覚悟しておこう。

月曜日の海の日だけは、かろうじて予定が入っていない。なんとか休めそうな気がする。

今朝出掛けに、取手駅東口のロータリーの様子を写真に収めておいた。ここのロータリーの真ん中や歩道の木はムクドリのねぐらになっていて、夕方になると何千羽 (あるいは、何万羽か) というムクドリの大群のけたたましい鳴き声と、糞害で大変な様相になるのだが、朝は静かなものだ。

ムクドリたちはもっと郊外に餌をあさりに出張しているのだろう。

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2007年7月12日

文月十二日の歌

自転車をほのかに濡らす雨の日を選びしらむか友は逝きたり


秋葉原の駅前 (ヨドバシカメラの法の出口) に、洒落た有料駐輪場があったなんて、初めて知った。

ママチャリとは一味違ってはいるが、それほど気張ったわけでもないという、ちょっといい感じの自転車が、整然と並んでいる。

こういう感じ、悪くないなと思う。

雨が降ったりやんだりで、自転車で秋葉原まで来た人は帰りが大変だろうが、がんばって帰ってもらいたい。

夕方、知人の訃報が入った。

若い頃は、年に三度か四度は誰かの結婚披露宴に出席していたが、近頃は同じくらいのペースで葬儀に参列している。悲しいことである。

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2007年7月11日

文月十一日の歌

アメリカの棘ある蔓に覆はるる杉に見るまじ祖国日本


私が取手駅近くに借りている駐車場の周辺で、数年前から、大きな葉の妙な蔓植物が大繁殖している。

写真は、杉の木にびっしりと絡み付いた様相である。こんなにまで絡み付かれては、杉の木はさぞうっとうしいだろう。

最近、この植物が 「アレチウリ」 という名の帰化植物だと知った。何でも、北米が原産らしい。多摩川中下流の河川敷では、アレチウリの増殖でツバメの巣に使われるヨシ原が倒れ、数万羽のツバメがねぐらを失うなど影響も出ているという。

つい、アメリカに絡みつかれて身動きが取れなくなっている日本を見ているような気がするが、このメタファーはあまりにもステロタイプ過ぎて気恥ずかしいから、敢えて否定しておこう。

(否定して、かえって意味が強まってしまったりして)

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2007年7月10日

文月十日の歌

露草を蜻蛉草てふ名で呼びき青き色水ながめゐし頃


最近、ツユクサを見ることが少なくなったような気がする。いや、その気になって探せば案外その辺に生えているのだが、子供の頃はこんなものではなかったという記憶がある。

いや、もしかしたら、最近少なくなったというのではなく、故郷の庄内にはもっとツユクサが多いというだけなのかもしれない。田舎に帰れば、今でもそこらじゅうツユクサだらけなのかもしれない。

そういえば、子供の頃は、ツユクサを 「トンボグサ」 と言っていた。

で、気になって調べたら、おぉ、さすが 「オランダせんべい」 で知られる酒田米菓のサイトである。その記述が見つかった (参照)。

ツユクサは今の時季、どこにでも見られる小さな小さな花です。通称トンボグサとも呼ばれているよう。

やっぱり、酒田では 「トンボグサ」 である。花の形がトンボの顔に似ているからだと思うが、その花の先にトンボが止まっているというのも、よく目にした。ということは、「よくトンボが止まっているトンボによく似た花」 だからという方が、より適切だろうか。

あの頃はコップの水にトンボグサを入れて、青い色水を作って遊んでいた。その色水で何をするということもなかったのだが。

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2007年7月 9日

文月九日の歌

山桃のまだ青き実の慎ましき光沢見ゆる舗道の葉陰


昼時、神田岩本町の街を歩いていると、街路樹に小さな実のなっているのを見つけた。真ん丸の実だが、よく注意してみないと目立たない。

こうしたものにふと目が止まるようになったのは、毎日更新の和歌ログのために、写真も毎日撮っているので、目の感度がよくなってきたからかも知れない。

視力は落ち、眼科医には老眼だの乱視だのと言われて、眼鏡をかけるようになって 十年近くになるが、そうした数値的なものと目の感度というのは、連動しないようだ。

以前は見えなかったものが見えるようになったというのは、うれしいことである。

インターネットで検索してみたのだが、これはどうやら、ヤマモモという木の実ではないかという気がする。手入れが楽なので、街路樹にも用いられるという。実は熟すともっと赤くなるようだ。

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2007年7月 8日

文月八日の歌

葦簀張りの無数の細き隙間より射す日の中を猫の影行く


昨日あたりまでの天気予報では、土曜日までは梅雨の中休みで、日曜日からは雨になるということだったのだが、どうしてどうして、昼過ぎからは上天気になった。

「今年の夏は小雨で猛暑」 という中期予報の、「小雨」 ということに関しては、これまでは当たっている。とはいえ、四国と九州は大雨で大変なことになっているようだが。

水不足は少しは解消されるだろうが、大雨被害の方も出る。最近の天気は極端に振れるので、なかなか油断がならない。

我が家の南向きの濡れ縁に出るサッシの外には、よしずをぶら下げて日除けにしている。このよしずというのは、なかなか優れもので、これのあるのとないのとでは、日中の部屋の温度がずいぶん違う。

中国製なので、ホームセンターで、せいぜい四百円ぐらいで買えるというのもありがたい。まさかよしずが有害薬品まみれということもないだろうし。

昔からの生活の知恵は、無駄なエネルギーを使わないので、活用したいものである。

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2007年7月 7日

文月七日の歌

黒雲の厚く流るる夕暮れの恋こそ潜め見えぬ銀河に


世の中では、今日が七夕だなどと言われているが、私は頑として認めていない。誰が何と言おうと、梅雨も開けないうちの七夕なんて、あり得ない。

少なくとも、七夕は月遅れの八月七日で祝う方がいいし、もっと言えば、本来の旧暦七月七日 (今年でいえば、新暦の八月十九日) にするのがいい。

今日は、旧暦では五月二十三日。五月雨の時期なのである。本来の七夕は、まだ一ヶ月以上先だ。

日の暮れるのが早くなって、夜が長くなり、水蒸気たっぷりの夏の夜空から、清かに澄み渡る秋の夜空に変わり始める頃が、本当の七夕である。

写真が今日の夕暮れの空。これでは、織り姫と彦星に気の毒というものじゃないか。

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2007年7月 6日

文月六日の歌

神田川を流るる水に年月は潜みゐるなりそを透かし見む


今日までが梅雨の中休みという予報が流れていたので、明日は雨になるのかとばかり思っていたが、どうやら、茨城県は降ってもたいしたことのない日になるらしい。

東京都心も、夕方から雨が降るかもしれないなんて言われていた割には、そんなこともなかった。

東京の神田と秋葉原の間には、神田川が流れている。これでも、以前よりはだいぶ水がきれいになったような気がする。臭わないだけでもたいしたものだ。

「神田川」 という歌が流行ったのは、一九七〇年台だったろうか。とくに好きな歌というわけじゃないが、あれからもう三十年も経ってしまったのかと思うと、信じられない気がする。今、あの歌を聞く若い世代は、我々が 「憧れのハワイ航路」 なんていう歌を聞くよりも、もっと古い感じがするのだろう。

母の納骨式を終えてから、なんだか自分がずいぶん年を取ってしまっているような気がしている。今月の二十六日は、五十五回目の誕生日。「四捨五入すれば還暦だよ」 なんて言われて、ぎょっとしたりしている。

いかんいかん、年なんて忘れてしまおう。

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2007年7月 5日

文月五日の歌

金網と棕櫚の葉の影道端に際立つ昼にそぞろ歩きす


梅雨の中休みだそうである。なんだか、今年の梅雨はちょっと降ったかと思うと中休みばかりしている。ここしばらく、ようやく梅雨らしい天気が続いているかと思っていたが、また、何度めだかの中休みだ。

今日は朝から真夏の陽気である。地面に落ちる影の輪郭が際立っていて、コントラストがきつい。多分、今シーズンでも最もしっかりしたコントラストの影の一日だったと思う。

今年はもう半分過ぎた。前半はいろいろなことがあったような気がする。後半もまたいろいろなことがありそうだ。コントラストのきつい一年になるかもしれない。

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2007年7月 4日

文月四日の歌

物言はぬあまたの顔が黄昏の窓に溶け込む郊外電車


昨日と比べたら少しは涼しい。今、常磐線で帰宅の途中だが、なんだかあったようで、電車がかなり遅れている。

あちこちの駅でずいぶん長い間停車しているので、ある意味では、PHS がつながりやすくて、こうして和歌ログの更新をしていられる。何が幸いするかわからない。

写真は、上野駅の常磐線発着ホーム。端っこまで来ると、なんだか田舎のローカル線のようだ。

今、北千住の駅で特急列車の待ち合わせ。本来ならその予定はないのだが、全体が遅れてしまっているので、ダイヤがめちゃくちゃになっているようだ。電車の中はそれでも落ち着いたもので、乗客はおとなしく発車を待っている。

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2007年7月 3日

文月三日の歌

梅雨の日のシルバーメタリックの街に薄き日は射すかくも湿りて


さいたま新都心のお役所のぎっしり入った合同庁舎に、関係している事業の関係で半日閉じ込められている。写真は JR さいたま新都心駅の改札を出て、アニメに出てくる未来都市のような中に入っていくところである。

とても蒸し暑い日である。午前中にようやく汗が引いてたと思ったのだが、昼食を食べに外に出て、また汗をかいた。

昼食休憩のうちにモバイル PC でインターネットにつなぎ、更新してしまわないと、今日はまともな時間が取れそうにない。雑駁な歌で、悪しからず。

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2007年7月 2日

文月二日の歌

雲の湧く谷間を渡る点となり百二十里を帰り来たりぬ


酒田から帰ってきた。事前の天気予報では土曜日は雨だったのだが、降らずに済み、日曜日もまずまず。

今日も、途中で少し降ったが、要所要所では晴れて、少しも濡れずに済んだ。車の汚れが洗い流されただけありがたい。

日本海側の酒田から、列島の背骨のような山地を越え、その間の谷間に沿った道を縫うように辿ったので、途中は山水画のような風景である。

晴れ渡った青空を背景にした時とは、まったく別の趣である。細胞の中の遺伝子配列の喜ぶ景色だ。

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2007年7月 1日

文月一日の歌

さりげなく街に埋もるる古寺の透かし彫りにぞ浄土は見ゆる


酒田というのは江戸時代から栄えた湊町なので、結構文化遺産が多い。問題は、酒田の人たちというのは新し物好きなので、古いものをあまりありがたがらないことだ。

だから、見事な文化財がまったくさりげなく街中にあったりする。我が家のお墓のあるお寺も、一見冴えない建物だが、よく見ると、なにやら手の込んだ装飾が満載だ。透かし彫りなどは、なかなか見事なものである。

これほどの見事な文化財があるのに、あまり関心を抱かれていない。もっときちんとプロモーションすれば、注目されるだろうになあ。

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