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2007年9月30日

長月三十日の歌

風吹かぬ日向を選び丸まりて猫はまどろむ極楽の淵


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昨日は二十度そこそこの 「肌寒さ」 だったが、今日はそれを下回っている。もう 「肌寒さ」 というより、「寒さ」 と言い切ってしまおう。

たった三日間のうちに、真夏から晩秋までを一気に辿ってしまった。なんとまあ、極端なお天気である。

我が家の猫は、夏の間は風通しのいい日陰を選んで、長々と寝そべっていたが、今日は冬モードだ。すっかり丸くなってしまっている。

猫を見ていると、天気がよくわかる。夏は一番涼しいところに陣取り、冬は一番暖かいところから動かない。

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2007年9月29日

長月二十九日の歌

散髪を終えれば秋の日は暮れて盆の窪まで涼しかるらむ


久しぶりの真夏日の翌日は、二十度そこそこの肌寒さ。なんとも極端な推移ではある。

彼岸を過ぎた日の落ちるのは早く、夕暮れの家路を運転しているうちに、どんどん暗くなる。自宅に近付いた時には、ほとんど夜の闇だ。

床屋のあめんぼうだけが、原色の光を発してくるくると回っている。床屋の客は、多分まだ明るいうちに散髪を初めてもらって、終わった時にはとっぷりと暮れていたということになっているのだろう。

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2007年9月28日

長月二十八日の歌

スーパーの棚に並びし総菜の隙間の徐々に増す日暮れ時


このところ少しは涼しい日が続いていると思っていたが、今日は突然真夏日に戻った。日が暮れて、かなり強い風が吹いているが、それはなま暖かい風である。

そして、明日の最高気温予想は、またまた突然九度も下がり、二十二度だそうだ。なんとあわただしいことだろう。

日の暮れた郊外のスーパーの駐車場。遅い夕食の買い物をする人たちの車がずらりと並んでいる。

帰宅する前にちょっと買い物に寄るという人が多い。この時間の買い物となると、ほとんどは素材ではなく、調理されたお総菜ということになるのだろう。

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2007年9月27日

長月二十七日の歌

秋の日は真白きビルの外壁を人肌色に染めて落ち行く


九月ももう月末に近い。「長月」 なんていっても、ぜんぜん長くないじゃないかと思ったが、考えてみれば、旧暦ではまだ 「葉月」 である。ごめん、長月。

彼岸の中日はとっくに過ぎたから、もう、世の中は日が暮れてから夜明けまでの時間帯の方が長いのである。つまり、日が短くなったのである。

私はそんなに仕事熱心な人じゃないので、まだ日の暮れないうちに家路につけると、とてもうれしい気持ちになるのである。(どうせ、家に帰ってからもパソコンに向かって仕事の続きになったりはするのだが)

で、これからはどんどん日暮れが早くなって、家路につく頃にはとっぷり日が暮れているという冬の季節が近づいてくるのである。

夕暮れ時、日差しの当たっているのは、高い建物だけである。白いビルが、ちょっとだけ赤みがかって見える。秋の夕暮れのちょっとセンチメンタルになるのは、この色合いのせいでもある。

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2007年9月26日

長月二十六日の歌

朝の茶事電車で始め昼時を過ぎてペットボトルを干したり


ペットボトルで飲料水を持ち歩かないと、体が干からびてしまうような気がする。とくに、今年の夏は大変な暑さだったので、常に水分補給を心がけていた。

私のご贔屓は、伊藤園の 「おーいお茶」 である。ペットボトル入りのお茶ではいろいろな商品が出ているが、結局はこれが老舗だけあって、一番クセがなくて飲みやすいと思う。

家に 「おーいお茶」 が段ボール入りで買いだめしてあって、いつもそれを持って外出するのだが、今日はそれを忘れた。取手駅のホームの自動販売機をみると、「おーいお茶」 がない。その代わり、同じ伊藤園で 「朝の茶事」 という商品がある。

「こんなんで 『朝のチャージ』 なんて読ませるんだとしたら、悪趣味な缶コーヒーっぽくて嫌だな」 と思ったが、ちゃんと 「あさのちゃじ」 だそうで、ほっとした。なんでも朝の茶会ということで、古くからある言葉だそうだ。ほほう。

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2007年9月25日

長月二十五日の歌

中秋の雲間に出づる名月の満月ならざる年も名月


今日は中秋の名月。だが、実際の月は満月になりきっていない。

今日の月齢は 十三・六。明日が十四・六で、明後日が十五・六。ということは、明日が一番満月に近くて、明後日も、今日の月よりはずっと満月に近い。

そういえば、去年も似たようなものだった。昨年の中秋の名月の日は、台風の影響でさっぱりお月見ができなかったのだが、実際の満月は翌日と翌々日に見られたのだった (参照)。暦と月齢がずれるのはちょっちゅうだから、昨年は結果オーライだったわけだ。

で、天気予報を見ると、明日は晴れのち曇りで、満月が見えるかどうかわからず、明後日の方が、曇りのち晴れで期待できそうだ。

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2007年9月24日

長月二十四日の歌

秋の夜の風に満ちたる虫の声などて写真に映らざりしか


今日はデジカメをもって出るのを忘れたので、日中は何の写真も撮れなかった。

ケータイのカメラで撮ろうとしたのだが、なにしろ、機種変更をしてから、カメラ機能を使ったことがないので、どこがシャッターなのかもわからない。

帰宅してマニュアルをひっくり返して、ようやくわかった。以前使っていたのと同じメーカーのくせに、使い勝手が全然違う。困ったものだ。そして、私はケータイ・カメラとはとことん馬が合わないようだ。

で、夜遅く帰宅してデジカメを持ち出したが、暗すぎて写すものがない。中秋の名月前夜で、肉眼ではけっこう月明かりが明るいのだが、写真にするとどれもみな真っ黒けになってしまう。

仕方なく家の前の電柱についている街灯を撮ってみた。説明しないと、何の写真かわからないかもしれない。

実は、盛んに鳴いている虫の音が映っていないのが不思議な気がしている。視覚と聴覚が錯綜してしまったようだ。

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2007年9月23日

長月二十三日の歌

赤味さし小さく成れる苦瓜の苦き味して彼岸過ごしぬ


彼岸の中日。顔を合わせる人がみな 「文字通り、暑さ寒さも彼岸までだね」 と言う。そう言いたくなるのも当然の、昨日までとはうって変わった涼しさである。

昼過ぎからは小雨模様。世界の暖まる暇がない。

我が家の庭で育てたゴーヤーが、ほんの少しだけ収穫された。種を蒔いたのが遅すぎたらしく、夏の間はまったく実がならなかったのだが、今頃になって、ピーマンよりも小さな実が少しだけ成った。

小さすぎて気付くのが遅れたので、少し赤くなりかかっている。放っておくと赤く色が変わるのは、ピーマンと同じのようだ。

で、今日はこの貴重なゴーヤーで、ゴーヤー・チャンプルーを作ってもらった。涼しくなってからのゴーヤーも、また一興である。ゴーヤーは赤くなると甘みが増すと聞いたがが、食べた限りでは、独特の苦さは失われていなかった。

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2007年9月22日

長月二十二日の歌

草に立つ牛のゆばりの水柱 彼岸の日射し受けてぞ白き


いやはや、彼岸に入っても真夏の暑さである。熱帯夜でないのが救いといえば救いだが。

明日は彼岸の中日で、このあたりは二十六~七度になるという。ああ、楽しみである。涼しい空気を胸一杯吸い込みたい。

岩間インターチェンジの近くにある東大付属牧場を通りかかったら、珍しく牛たちが道路際の草地まで出てきていた。

せっかくのシャッターチャンスなので、車を停めてカメラを構えると、牛たちも何事かと近づいてくる。構わずシャッターを押し続けていると、この写真の右側にいる白の部分の大きい方の牛がくるりと向き直り、突然小便をし始めた。

さすがに牛である。太い水柱の小便が、ずいぶん長い間続いたような気がした。枕元で馬の小便の音を聞いた芭蕉翁も、ずいぶん長い間その水音に耐えたのだろうと思った。

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2007年9月21日

長月二十一日の歌

駅に着けば待宵月は照りゐたり仰角四十五度の夜空に


名古屋への日帰り出張から戻り、ようやく取手駅に着いた。出張とは言っても、名古屋駅に隣接したホテルの一室での会議に出席しただけだから、名古屋の街は全然見ていない。

取手駅の西口から見上げると、半月(上弦の月) を一日分だけ膨らませた月が出ている。月齢は九を越えて、十に近い。こういう月をどう呼んだらいいのか知らないのがもどかしい。

まあ、こうした秋の月を総称して待宵月というらしいのだが。

ところで、月齢が十に近いということは、あと少しで中秋の名月ということだ。ちょっと調べてみたら、今月の二十五日がそうらしい。まだまだ日中は暑いので、中秋の名月が近いなんてことは、今の今まで、すっかり忘れていた。

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2007年9月20日

長月二十日の歌

見上ぐれば彼岸の入りの青き空 未だ彼岸に渡らざる身よ


昨日までの二~三日は少しは涼しいような気もしたが、今日は真夏の日差しである。都心の空の色は鮮やかなまでに青い。紫外線は本当の真夏より強いだろう。

正岡子規の句に 「毎年よ彼岸の入りに寒いのは」 というのがあり、これは、春の彼岸の入りの頃に、奥さんがふとつぶやいた言葉をそのまま俳句にしたと言われている。

で、今日はその裏返しで、秋バージョンのようなものである。「毎年よ彼岸の入りに暑いのは」 と言いたくもなってしまうではないか。

それでも、さすがに彼岸の中日を境に、気温は三十度以下に落ち着きそうな気配だ。来週はすっきりとさわやかな秋晴れが続くといいなあ。

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2007年9月19日

長月十九日の歌

椋鳥の饗宴響く駅前を人も夜風も避けて渡りぬ


日の暮れた頃に常磐線取手駅に帰ってくると、西口ロータリーの真ん中の木立をねぐらとするムクドリの大群が、キュルキュルとけたたましく鳴いている。

一体どのくらいのムクドリがいるのだろうかと、木の葉陰を狙ってストロボをたいて写してみると、いるわいるわ。この写真の白っぽいのは、すべてストロボに照らされたムクドリの白い腹部である。

木立はさながら、ムクドリの団地だ。というわけで、今日は風情も何もない写真になってしまった。

明日はまた真夏日になるらしい。覚悟しておこう。

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2007年9月18日

長月十八日の歌

棕櫚の葉を僅かに揺らし海かけて秋思わする風は吹くなり


久しぶりにベイエリアを訪問。写真の左手に見えるのは、ビッグサイトの愛称で有名な国際展示場である。ピラミッドを逆さにして四つ並べたような、見ればみるほど変な形のデザインである。

その手前に棕櫚の並木があり、以前は 「南国というわけでもないのに」 と違和感を覚えていたが、今年の夏を過ぎてみると、十分南国情緒に見合っているような気がしてきた。

ところが今日の東京は、北東の風が入っていて、ベイエリアに来ても海からの風を感じるわけではない。天気も曇りがちで三十度に達しなかったようで、少しは涼しい気もするのだが、湿度が高いので、歩き回っていると十分に汗ばむ。

週間天気予報をみると、木曜日から土曜日までは再び真夏日が続くが、お彼岸の日曜日を境に、三十度を下回るようになるようだ。「暑さ寒さも彼岸まで」 という言葉通りのようでもあるが、それでも 「夏日」 はまだまだ続くのだから、複雑な気分である。

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2007年9月17日

長月十七日の歌

夕暮れはノスタルジアの時にして秋分近き時はさらなり


世間では連休三日目。私にとっては、今日だけがお休みの日である。

できるだけ何もせずにぶらぶらと過ごして、体を休めようと思った結果、かなりの時間を昼寝で過ごした。とにかく眠たかったのである。

たまにはこんな日もあっていい。

ふと気付けば、夕暮れが迫っている。夜明けと夕暮れの、ほんの短い間だが、赤の光線がとても強くなる時間がある。それを写真に撮ると、自然にセピア色に近くなる。ノスタルジアの時である。

日中は暑かったが、さすがに夕暮れが近付けば少しは風が涼しくなる。いくらなんでも、熱帯夜ということはないだろう。

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2007年9月16日

長月十六日の歌

暮れなづむ坂東の空広がればはや秋の風渡り行くなり


高知から帰ってみたら、関東も暑かった。昼間は熱風である。驚いた。

しかしながら、日が暮れかかればやはり涼しくなる。広い空を風が渡る。北海道を除けば、日本中どこに行っても、関東平野から見上げる空より広い空はない。この広い空は、関東の財産だ。

高知は、太平洋側に向かえば水平線まで続く空だが、その背後は急峻な四国山地である。私の故郷の庄内平野だって、庄内浜以外は山が間近まで迫っている。

この広い空が凛とした秋空に変わるのはいつになるだろう。

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2007年9月15日

長月十五日の歌

遥かなる野分より来るうねりこそ土佐の浜辺に砕け散るなれ


高知二日目。心配されていた天気は、まったく問題なし。

夜明け前からかなり強い雨が降っていたが、七時ごろにはすっかり上がり、それからは常に青空がのぞいて、汗ばむほどの陽気だった。

出張先では雨に悩まされない晴れ男ぶりが、完全に復活した。ありがたいことである。

天気には恵まれたが、南の海上には台風がいる。高知の浜辺はかなりの波が寄せていた。沖からうねるように寄せる波が、浜辺のテトラポットにあたって豪快に砕ける。さすが土佐の荒波である。

まるでスローモーションのように砕け散る波は、シャッターにタイムラグのあるコンパクト・デジカメでも撮りやすかった。

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2007年9月14日

長月十四日の歌

南国の土佐の陽射しの輝けど涼しき日暮れ彼岸近づく


高知に着いた。天気予報では曇り時々雨ということだったが、タクシーの運転手さんに聞いたら、降ったのは朝のうちだけだったらしい。青空もかなり広がっている。

飛行機から降りたら、むっとするほど暑い。最高気温は三十度を越えたという。「それでも、朝晩は涼しくなりましたよ」 という。

さすがに日没が関東より遅い。五時半を過ぎてもずっと明るく、日差しがぎらぎらと感じられる。これからちょっと飲み会になって、明日は朝から仕事である。

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2007年9月13日

長月十三日の歌

道端に白くつましき花咲くを見れば秋来にけりとぞ思ふ


このところの雨で、すっかり世界が冷やされて、少しは涼しくなった。胸いっぱい息を吸い込んでも、頭がぼうっとすることもなく、爽快である。

できることなら、もう少しからっとした空気が吸いたいと思うが、贅沢を言えばきりがないから、この程度でも十分ありがたい。先月までの暑さと比べれば、天国みたいなものだ。

道端に白い花が咲いている。相変わらず花の名にうといので、何の花か書くことができない。帰宅したら図鑑を調べて、もしわかったら 【追記】 という形で書くことにしよう。

いずれにしても、慎ましい色と小ささの花が道端に咲き始めると、秋が来たことをしみじみと感じる。

明日は久しぶりで高知に出かける。天気予報をみると、高知はまだ三十度以上の真夏日が続いているようだ。

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2007年9月12日

長月十二日の歌

街路樹にビニール傘のぽつねんとぶら下がりゐる雨上がりなり


昨夜から土砂降りの雨が降っていたが、昼過ぎにようやく止んで、青空も少しのぞいてきた。それでも、このまま天気が快方に向かうわけではなく、明日はまた雨になるという予報だ。

うだるような夏がようやく過ぎると、今度はいきなり秋の長雨である。なかなかすっきりした秋晴れには辿りつけない。

私は天気には文句を言わない主義なのだが、今年の夏だけはさすがにしんどくて愚痴が出た。このところ、天気が極端に振れがちなのが気になる。

夕方、神田の街を歩くと、街路樹にビニール傘がぽつねんと引っかかっていた、誰が置き忘れたのだろう。

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2007年9月11日

長月十一日の歌

変化てふ名の牢獄に囚われてなどて倦まずや街の心は


今日は久しぶりに、原宿、青山方面に半日いた。雨は断続的に降っていたが、移動の間はすべて雨が止んでくれたのは、ありがたい。

だいぶ日が短くなったものである。最後の訪問先を出たのは、午後六時を少し過ぎた頃だったが、青山の町はすっかり日が暮れていた。

地下鉄外苑前の駅まで歩く間も、雨は降らずに済んで、今日は結局一度も傘をささずに済んだ。

この辺りに来るのは、月に一度か二度のペースだが、来るたびに新しい建物ができたり、新しい店がオープンしていたりしている。ただ、あまりにも一本調子に変化し続けていると、とくに新鮮でも何でもない。

「変化という名の退屈」 である。逆に、常に変わらないでいることの方が、ずっと貴重なのではないかなどと考えたりもする。

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2007年9月10日

長月十日の歌

時として思ひ出すごと降る雨に濡れて行きたし東京の街


湿度高すぎ。気温としてはあまり高いとは感じないのだが、歩いているだけでじっとりと汗ばんで、着ている服がべっとりとまつわりついてくる感じがする。

9月の声を聞いて、台風が過ぎて、今週はずっとこんな感じの天気が続くらしい。秋らしいからりとした涼しい日が来るのは、いつになるのだろうか。

街を歩いていると、時々思い出したようにさっと小雨が降ってくる。いっそこの雨に濡れるほうが涼しい気がするが、その雨もすぐに止んでしまう。

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2007年9月 9日

長月九日の歌

むせぶほどの緑の残る坂東の彼方の空に白雲は湧く


またしても真夏日。九月になったら少しは秋らしくなると思っていたが、それは朝晩だけで、昼間は相変わらず暑い。

三十四度とか三十五度に体が慣れてしまったとはいえ、いつまで耐えなければならないんだと、つい弱音を吐きたくなるではないか。

あの入道雲は何なんだ。かっと照りつける太陽の熱さは何なんだ。そろそろ秋らしくなってくれてもいいんじゃないかと思う。

週明けは天気がぐずついて、東京も三十度を下回るという予報だが、今週の金曜日から、久しぶりで高知に行く。高知は相変わらず三十二度ぐらいが継続するらしい。やれやれ。

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長月八日の歌

雲てふは氷の浮かびゐるなりと得心したる秋の夕暮れ


台風が行ったら、真夏の日射しが戻ってきてしまった。茨城県内は三十三度になった。

それでも、さすがに夕方になると少しは涼しい風が吹く。夕暮れの低い太陽に照らされた雲が、まぶしく光っている。空高く点々と浮かぶ雲を眺めると、少しは秋になりつつあるような気がしてくる。

なるほど、雲は氷なのだなと納得してしまうような光り方だ。

今日は仕事で出先に泊まり。

【出先のインターネット接続不良につき、アップするのは一日遅れになったが、日付は九月八日付とさせていただく】

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2007年9月 7日

長月七日の歌

都会には川原に住まふ人あるに気付かざるかと野分過ぎたり


台風が抜けていった。常磐線は朝のうちは運転見合わせで、昼になっても大幅な間引き運転。今日は都心に出かけなくてもいい日なのがありがたい。

夜が明けて庭に面する雨戸を開けてみると、ベランダに置いてあったテーブルと椅子がフェンス際まで吹き飛ばされていた。

夜中にそんなような音がしたのだが、身の危険を感じて、あえて外に出て確認しようとは思わなかった。それにしても、金属製でそれほど軽いものでもないのに、見事に吹き飛んだものだ。

裏に廻ると、しおれてもいないムクゲの白い花がいくつも薙ぎ落とされて地面に散らばっている。ミニトマトの支柱も倒れてしまった。向かいの家の庭の柿の木も、まだ青い実がぼたぼたと落ちてしまっている。

多摩川の中州に取り残されてしまった人も三十人以上いたらしい。ほとんどは、そこに暮らしていた人のようだ。社会の縮図を見る思いがするニュースである。流される前にこうした人たちに警告を発することはできなかったのだろうか。

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2007年9月 6日

長月六日の歌

吹きつくる野分の雨は遙かなるわたつ海より燃ゆる力か


いよいよ台風が近づいてきた。

朝のうちは、それほど大雨が降っていたわけじゃないが、朝の常磐線が少しだけ遅れた。多分、関東北部の山沿いで既に大雨になっているので、中長距離電車に遅れが出て、その分、通勤電車もあおりを食ったのだろう。

夕方の帰宅時は、何とか切り抜けて無事につくばの地に着いたが、駅前のペデストリアンデッキはがらんとしている。帰宅して八時を過ぎた頃から、かなり風雨が強まってきた。

九州あたりで体力を消耗した台風じゃなく、一番元気のいいままでの関東直撃なので、風の音の雰囲気がちょっと違う。まるで地鳴りのような音がするたびに、家が揺れる。

明朝までが山場のようなので、大きな被害を残さず通り過ぎてもらいたい。

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2007年9月 5日

長月五日の歌

野分より伸びる黒雲日暮れてもなほ生ぬるき雨を連れ来る


台風が近付いているとやらで、朝から変わりやすい天気の一日だった。台風から伸びる帯状の雲が、波状的にかかってきているものらしい。

ざっと降ったかと思うと、いつの間にか青空がのぞき、安心していると、またざっと降る。降れば大粒の雨である。

濡れても少しも冷たくない。南の海の熱気をそのまま持ち来たす雨である。おかげで、大変な蒸し暑さだった。先月のかっとくる暑さとはまた違った暑さである。

日が暮れて取手駅に着いたときには、おりよく雨が上がっていたが、車を停めてある駐車場まで歩いているうちに、また雨になった。日が暮れても、まったく冷たくない雨だった。

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2007年9月 4日

長月四日の歌

暑き日に灼けたる街のほとぼりを冷まして雨は通り過ぎたり


日の暮れるのがずいぶん早くなった。夏の間はまだ日のあるうちに帰宅することもできたが、都心に五時ごろまでいたら、もう取手駅に着いた時点で日は沈んでいる。

今日は所要で柏駅で途中下車。写真は東口からみた景色である。すっかり夕暮れだ。

今日はかなり暑くなった。最高気温は三十二度ぐらいまで上がったらしい。ところが、四時前に突然大雨になった。天気予報では十二時から十八時までの六時間の降水確率は二十パーセントだったが、どうみても二十パーセントの降り方ではない。

帰りの電車が心配になったが、その雨も一時間足らずで上がり、おかげで夕方の街が涼しくなった。

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2007年9月 3日

長月三日の歌

行く夏と偕に去るらむ亡き人の影を惜しみて宵の風受く


昨日までの予報では、東京は真夏日になるということだったが、どうやら修正されて、最高気温は二十九度ぐらいにとどまるようだ。

昼前はかんかん照りで、いかにも暑くなりそうな様子だったが、午後になってからは雲が出たり晴れたりで、それほど急激に気温が上がらない様子で、ありがたいことだった。

ただ、台風九号が不気味だ。木曜日ごろに関東を直撃しても不思議のないルートを辿っている。木曜日は、都内に出てきて、いろいろとこなすことがあるんだけどなあ。

ところで、この夏は自分の母親の四十九日や新盆もあったが、とにかく周囲で亡くなる人が多かった。先月二十六日の歌のコメントに、歩遅子さんが、しみじみとした歌をつけてくれた。

往く夏を惜しむか山の蜩は逝きたる人も呼びて鳴くらし

秋の声を聞く頃になって、この歌の風情がよくわかる。

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2007年9月 2日

長月二日の歌

舌出して所作台鳴らす三番叟秋の幕開けたれとぞ祈る


今日までが涼しい日らしい。明日からは、東京はまた真夏日が続くという予報になっている。

午後から、日舞の発表会を観に国立小劇場に行った。以前の職場の同僚が、舌出し三番叟を踊るというのである。

これはなかなか大変な演目で、お疲れ様なことだが、まずは恥ずかしくない三番叟ではあった。めでたしめでたし。

私としては、そのお師匠さんの踊りの方に魅せられてしまった。客席は水を打ったようになっていたな。さすがお師匠さんである。

劇場を後にする頃は、日も沈んでトワイライトになっていた。やはりもう秋だな。

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2007年9月 1日

長月一日の歌

日は暮れて秋てふ幕の開きたれば虫の声こそひた寄するなれ


朝から小雨が降ったり止んだりで、暑さに慣れすぎた体には、肌寒く感じるほどの一日だった。それもそのはず、茨城県内は最高気温が二十三度までしか上がらなかったようだ。

明日は日舞の発表会を観に都内に出るが、二十七度になると予報に出ている。これで、この程度の気温に慣れてしまうと、後が大変で、週明けからは、都内は三十度を超す真夏日に逆戻りするようだ。

今年の七月頃も、暑くなったり涼しくなったりの繰り返しで、夏風邪をひく人が多かったが、そのぶり返しになりかねない。体調管理に気を付けよう。

夜になると、虫の声が急に大きくなっているのに気付く。いくら残暑がぶりかえしそうだとしても、もう秋ということにしておこう。

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