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2007年10月31日

神無月三十一日の歌

睡魔てふものの確かにあるらしくその吐く息の街を覆ひき


季節の変わり目は眠くなる。冬から春になる頃は 「春眠暁を覚えず」 などというほど眠くなるが、秋の深まる頃というのも、かなり眠い。

電車に乗って移動するときなど、座席に座ってふと気を許すとうとうとしてしまうので、乗り越さないように注意しなければならない。

「電車で眠るのは日本人だけ」 という説があるが、確かに、電車内で座席に座っている人の半分以上がうとうとしていて、中にはぐっすり眠りこけている人もいるというのは、日本特有の現象かもしれない。まあ、それだけ安全な国だということだが。

地下鉄のキヨスクのおばさんも、ちょっと交代休憩の時に、店の横でしっかり眠っていたりする。

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2007年10月30日

神無月三十日の歌

大菩薩峠も富士も隠したる雲の影落つ中野阿佐ヶ谷


仕事の用事で都庁に行ったついでに、四十五階の展望台に始めて昇ってみた。

都庁が建設されたばかりの頃は大変な人出で、エレベーターに乗るまで一時間待ちなんてことが言われていたが、近頃ではすっかりありがたみも色褪せたようで、エレベーターにはすぐに乗れた。

展望台から見渡すと、さすがの高さである。私は少し高所恐怖気味で、七~八階建てのビルの屋上から下を見下ろすと足がすくんでしまうのだが、不思議なことに、このくらいの高さになると少しも怖くない。

山の頂上から見下ろすようなもので、かえって安心してしまう。この方向の奥に、大菩薩峠や富士山があるはずなのだが、雲に隠れて見えない。

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2007年10月29日

神無月二十九日の歌

幾たびも訪れしかど足跡を名古屋の街に残さざりけり


今日は名古屋にとんぼ返り出張。昼前に東京駅を発って、お昼休みの終わる頃に名古屋着。で夕方にはまた、新幹線に飛び乗った。名古屋にいたのはほぼ四時間ほどでしかない。

私は名古屋には何十回となく来ているが、実は、名古屋の街をまともに歩いたことがない。いつも駅前からタクシーに乗って、目的地に行き、用事が終われば、またすぐに名古屋駅にタクシーで戻る。

あるいは、名古屋で乗り換えて岐阜方面に向かうだけだったりする。宿泊が必要なときは名古屋駅前のホテルに泊まり、そこをベースに、またタクシーで行ったりきたりするだけだ。

そんなわけで、私は名古屋の地理には徹底的に不案内である。はっきり言って、名古屋駅の中しか知らないみたいなものだ。

東京から新幹線で二時間弱という距離が、そんなとんぼ返り出張ばかりになる所以なのだろう。一度でいいから、ゆっくりと名古屋の街を歩いてみたいと思っているのだが。

写真は、名古屋駅前の大通りから、名古屋駅方向を写したもの。

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2007年10月28日

神無月二十八日の歌

この年の最後の草を刈り終えし真昼の土手に影伸び来たり


今度の台風はやってくるのも速かったが、去り方も速い。あっという間に遠ざかって、関東は台風一過の秋晴れになった。

よく 「台風一過」 というが、今年はあまり典型的な台風一過の青空というのを見ていないような気がする。これが今年初めてじゃなかろうか。あまり覚えていないけれど。

今日は町内会の今年最後の一斉草刈りだった。毎年三回は一斉草刈りをしないと、このあたりは雑草の中に埋もれてしまう。それで、五月半ば、八月始めぐらいに一斉に刈って、そして十月下旬に最後の草刈りをすれば、あとは来年の春まで、霜は降りても草は生えない。

最後の草刈りを終えた後は、ビールを飲みながらの懇親会となるが、私は原稿の締め切りに追われているので、缶ビールを一本もらって引き上げてきた。今は近所の公園で盛り上がっている声が聞こえる。

写真は草刈りの終わった昼過ぎに撮ったのだが、ずいぶん影が長く伸びている。

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2007年10月27日

神無月二十七日の歌

不意打ちの野分に打たれ柿の実の濡れたる赤のただ揺るるなり


台風二十号が発生したとは聞いていたけれど、昨日から降り続いていた雨が、その台風のせいだとは、ちっとも知らなかった。

この台風、今日に日付の変わったあたりから急にスピードを増して、時速百キロ近いスピードで近付いてきたもののようだ。とんだ不意打ちである。ああ驚いた。

それにしても、こんな時期に台風がやってくるというのは、やはり温暖化の影響なんだろうか。

朝のうちは風は弱かったが、午後になるとかなりの強風で、車を運転していると、水たまりに突っ込んで自分の上げたしぶきを自分でかぶってしまったりする。

写真は、田舎道に沿って生えた柿の木。赤い実がなっているが、去年ほどの鈴なりではない。やはり、一年おきになるのかなあ。

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2007年10月26日

神無月二十六日の歌

常陸野の闇震わせて稲妻のほとばしる雨降りにけらしも


時々止んではいたけれど、基本的に一日中雨。ちょうどいいお湿りぐらいに思っていたが、夕方から急に激しい降り方になった。

上野駅に着くと、常磐線の中距離電車が止まっている。藤代駅の信号機に落雷したのだそうだ。取手駅までは時刻表どおりに運行されていたので、私には影響がなかったが、それより先に帰る人には気の毒なことだった。

常磐線は、昨日も一昨日も少し遅れ気味だった。一体どうなってるんだろう。

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2007年10月25日

神無月二十五日の歌

去りて後十有余年経つ今も難波に友のあるぞ嬉しき


今日は大阪に日帰り出張。数年ぶりに繊維街船場を歩いた。なんだか、以前に比べていかにもエネルギッシュな空気が薄れてしまったような気がした。元気を出してもらいたいものである。

昨日に天気予報をチェックした時は、大阪の今日の天気は、午前中の降水確率が六十パーセントぐらいで、私が大阪入りする昼からは二十パーセントに下がるはずだったのだが、今日調べると、一日中六十パーセントになっている。

「話、ちゃうやんか!」 と、思わず大阪弁になりかけたが、実際には、全然降られずに済んだ。私の晴れ男ぶりは、完全に復活したらしい。ありがたいことである。

夕方に、三十代の頃まで勤めていた業界新聞の本社に顔を出した。かなり顔ぶれが変わっていたが、以前の同僚と久し振りに会えて、ほんの束の間だが、わざわざ大阪に来た意味があるような気がした。

辞めてから二十年近く経ってからも、なんのわだかまりもなく訪ねられる会社があるというのは、これもまた、ありがたいことである。

せっかくだから一泊ぐらいしたい気もするが、明日は明日で東京の仕事が待っているので、日が暮れてからの新幹線に飛び乗ってとんぼ返りである。とりあえずは、無事に仕事を終えてよかった。

写真は、船場の問屋街である。

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2007年10月24日

神無月二十四日の歌

急坂に汗流す間もなき秋は鉄骨増えてゆく造成地


常磐線取手駅西口が、今再開発中である。最近まで、ずらりと月極駐車場になっていたあたりが、整地されて、なにやらビルらしきものも建てられそうな按配だ。

背の高いクレーンが設置され、鉄骨が建てられ、その周りにパイプ材の骨組みもできている。一体何ができるのだろう。

つくばエクスプレスができて、乗客を守谷に持っていかれているから、何ができてもそれほど賑わいはしないような気もするのだが。

今日も晴れ。明日は大阪に日帰り出張。

大阪は午前中は降水確率が高いようだが、私が大阪入りする午後は、二十パーセント程度になる。なんとなく、降られずに済みそうな気がする。

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2007年10月23日

神無月二十三日の歌

自動車のヘッドライトの闇に書く 「二」 の字は長く伸びて行くなり


これまでデジカメで何千枚写真を撮ったか数知れないが、基本的にノーマル・モードしか使っていなかった。「夜景モード」 というのがあるのは知っていたが、シャッター速度が遅くて、必ず手ブレするので、使う気になれなかった。

しかし、今日はガードレールの上にカメラを固定して写してみたら、こんな写真が撮れた。カメラに慣れた人には珍しくもなんともないかもしれないが、私はこんなのを撮ったのが初めてなので、ちょっとびっくりしてしまった。

車のヘッドライトが、直線状に伸びている。「へぇ、こんなになるのか」 と、思わず呟いた。それにしても、どうして車自体は写らないんだ?

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2007年10月22日

神無月二十二日の歌

街に飽きふと見上ぐれば晴れ渡る空の高みに浮く鱗雲


ようやく気持ちのいい秋空の続く季節になったようだ。ジャケットを着て街を歩いても、汗をかかずにすむ。もっとも、まだ秋冬物のジャケットを着る気にはなれないけれど。

昼のオフィス街を歩いても、写真を撮りたくなるような風景にめぐり合えない。銀杏並木の黄葉はまだずっと先だし、通り過ぎる車も人も、あまりにも普通だし。

それでちょっと上を見上げたら、「これだ!」 と思った。見事な鱗雲である。秋の空はこれだ。快晴でもなく、どんよりとした曇り空でもなく、この高いところにある鱗雲は、本当に秋を感じさせる。

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2007年10月21日

神無月二十一日の歌

筑波では木槿の花の咲き終はる頃に酒田で山茶花咲くとふ


一夏を咲き通したムクゲの花が、まだ名残の花をつけている。七月には咲き始めているから、三ヶ月以上も咲いていることになる。

花の時期の長さでは、サザンカも負けてはいない。秋から春先まで、ずいぶん長く咲き続ける。

昨日、酒田の父と電話で話したら、実家の庭のサザンカがもう咲き始めたと言っていた。一昨年の引っ越しの祝いに、父の友人が植えてくれたのである。

病床の母がベッドのリクライニングを立ち上がらせれば見えるように、しかも、花の時期は紅白幕に見立てられるようにという粋な計らいで、赤い花と白い花の木が交互に植えられている。

母はたった一冬の間だけだが、この紅白幕を眺めることができたわけだ。

関東ではムクゲの最後の花が咲き、東北ではサザンカの最初の花が咲く。日本列島も、なかなか広いものである。

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2007年10月20日

神無月二十日の歌

百枚の喪中葉書を刷る音の滲みてくるなり母の亡き秋


十月も、もう二十日になってしまった。今年もあと二ヶ月余りしかなくなった。

今年は、いつもの年以上になんとなく気ぜわしい。というのも、五月に母が亡くなったので、十一月の中頃までには、喪中を通知する葉書を仕上げて発送しなければならないと思っているからだ。

今日はまず、田舎の父の分、約百通を印刷した。父は宛名を全部手書きで書くので、早めに作って送ってやらなければならない。

自分の分はもっと遅くてもいいのだが、なにしろ週末でも休みを取れなかったりするから、できるときにやっておいた方がいい。

いつもの年は、年末年始休暇に入ってから大急ぎで年賀状を作るので、今年はなんだかタイムラグを感じている。

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2007年10月19日

神無月十九日の歌

寶田の恵比寿の囃子賑やかに鳴りて時雨るる家路辿りぬ


今日から日本橋寶田恵比寿神社の恵比寿講に伴うべったら市が開催されている。心配された天気は、日暮れ頃まではなんとかもったのだが、だんだん雨が降り出した。

天気さえよければ、私も足を向けてみようかと思っていたが、ちょっと行く気が薄れた。それに、銀行によって、至急の振込みやらなにやらの用事もあったし。

というわけで、銀行での手続きが終わったら、おとなしく電車に乗って岐路に着く人となった。それでも、べったら市はちゃんとしっかり盛況だったようだ。よたろうさんという方が、動画に撮ってくれているので、こちら をどうぞ。

ふと思い出すと、今日はこの和歌ログに使う写真を全然撮っていない。一日オフィスでごそごそしているうちに日が暮れてしまった。

それで、夜道を辿りながら、街灯に照らされて少しは明るくなっているあたりにカメラを向けて、シャッターを押してみた。べったら市とは全然趣の異なる宵である。

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2007年10月18日

神無月十八日の歌

東京の水際の地に目に見えぬ思ひの力踏み堪えゐる


今日は仕事の関係で大田区平和島あたりまで足を伸ばした。京浜東北線の大森駅からバスに乗ったのだが、この大森駅で下車したのは、多分、三十八年ぶりになる。

高校三年の夏休み、志望大学の下見を兼ねて上京したとき、当時大森の近くに住んでいた親類の家に泊まった。あの頃は、何の変哲もない小さな駅だったが、今は大きなステーションビルになっている。時代は変わる。

バスに乗って平和島の近くまで来ると、もう東京湾が目の前である。

モノレールに乗って羽田空港に行く際に、下を見下ろすと何やらおもしろそうな街並みが見えたりして、何となく興味があったのだが、今日、初めて自分の足で歩いてみた。

一帯は、「日本の元気な中小企業」 が集積する大田区である。最先端のものづくりの支えるノウハウの宝庫である。モノレールから見下ろすだけでなく、自分の足で歩けてよかった。

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2007年10月17日

神無月十七日の歌

寶田の恵比寿の神は祭礼の提灯に火の入るを待ちゐる


今日は天気がよくなってしまった。昨日の日記を書いた時点で確認した東京の天気予報は、昨日が曇りで、今日が曇りのち雨ということだったのだが。

実際には、雨は一日早く、昨日の日暮れから振り出してしまって、今朝の時点では止んでいた。で、修正された今日の天気予報は、「晴れのち曇り」 である。

当日と翌日の天気予報は、近頃とてもよく当たるのだが、たまにはこんなこともある。おかげで、今日は夏用のジャケットを着ていても、外を歩くと汗をかく。

宝田恵比寿神社の祭礼で行われる 「べったら市」 が近づいてきた。今週の十九、二十日 (金曜、土曜) の二日間、日本橋にあるこの神社の周辺は、べったら漬を売る屋台と、その他もろもろ (ビールやおつまみの屋台) で賑わう。(参照

ところが週間天気予報では、残念ながら、初日は曇りのち雨、二日目は曇り時々雨となっている。昨日と今日のように、外れてくれればいいのだが。

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2007年10月16日

神無月十六日の歌

日暮れまで降らずにゐたる秋雨に濡れて今宵は更けて行くなり


朝から降りそうで降らない微妙な空模様。実際には時々二~三滴ぐらいは降っていたようだが、日が暮れるまでは、「雨降り」 というほどではなかった。

今日は東京の街をずいぶん歩いた。常に降るぞ降るぞと思いながら。

時々、空が真っ暗になって、今にも振り出しそうな雲行きになるのだが、結局のところ、傘は全然必要なかった。

天気予報を改めて確認すると、今日の東京地方は曇り、そして、明日が曇りのち雨。近頃の天気予報は大したものだと思っていたが、日が沈んでからついに降り出してしまった。気象庁さん、残念でした。

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2007年10月15日

神無月十五日の歌

秋の日の射す急坂を軽々と今朝は登りき汗も流さず


今月五日に、今年の秋は、ちょっと晴れさえすれば夏になってしまうなんてことを書いたが、今日は、晴れてもちゃんと秋の日和だったと思う。

朝、取手駅までの急な上り坂を歩いていると、アスファルトの上に、周囲のものの影がくっきりと映っている。こんなにもしっかりした影を映すほどの日差しなのに、歩いていい手も全然汗ばむこともない。

日差しと涼しさが両立するというのは、なかなか気持ちがいい。ありがたいことである。いよいよ日本列島は秋の空気に覆われてきたようだ。

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2007年10月14日

神無月十四日の歌

朝焼けの空を眺めて案じたる雨降らざりき宵の帰路まで


朝五時四十分に家を出て、まず水戸に向かう。用を済ませると、九時半には水戸を出てとんぼ返り、今度はそのまま東京調布へ。今、一日の仕事を終えて、常磐線に乗って帰途についている。

まるで日曜日じゃないみたいな、タイトスケジュールの一日だった。先月からまともな休日を全然取っていない。

まあ、今日は両方とも苦痛な仕事じゃないから、楽しんでこなせたが、それにしても、一日ぐらいゆっくり休んでみたい気もするなあ。

写真は、朝、水戸に向かう途中で撮った朝焼け。この朝焼けが暗示した通り、あまりはっきりしない天気だったが、雨にはならずに済んだ。母の四十九日以後は、元の晴れ男に戻ったようだ。

もしかしたら、夜遅くなって降るかもしれないが。

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2007年10月13日

神無月十三日の歌

昨夜まで我が足音に鳴き止みしこほろぎの声今宵は止まず


取手駅から近くに借りた駐車場に停めてある車まであるく道は、虫の鳴き声が日ごとに賑やかになっている。

昨夜までは、私の足音が近付くとぴたりと鳴きやんでいた虫たちも、ここまで数が増えると、心強くなるものなのか、まったく鳴きやまなくなった。

確かに、少し前までは一匹ずつの虫の声が聞き分けられたが、今では多くの鳴き声が重なり合ってしまっている。

秋がいよいよ深まってきたということだ。

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2007年10月12日

神無月十二日の歌

有明の聳ゆるビルを幻と化してセイタカアワダチソウ生ゆ


仕事で東京湾岸の有明に来ている。ここはかの有名なビッグサイトを始め、最近はいろいろなビルが林立している。

「ゆりかもめ」 の有明駅で下車し、延々とエスカレーターを下ると、そこに、二十年前の有明の姿を残す一画があり、セイタカアワダチソウがぼうぼうと生い茂っている。

バブルの絶頂期の頃、某紙の取材で、このあたりを歩き回ったことがある。荒地の中に、ところどころ、びっくりするようなデザインの建物があり、中でも目立ったのが MZA 有明 (エムザ有明) なんていうイベントホールだった。

周囲には、ディスコ (当時はまだ 「クラブ」 じゃなく 「ディスコ」 と言ってたなあ) などもあって、六本木との間にシャトル・バスが行ったり来たりしていた。あたりを見渡すと、まさに見渡す限りのセイタカアワダチソウばかりだったのだが。

「トレンディを気取るのも大変だな」 としみじみ感じた覚えがある。今は昔の物語。この建物の跡地には、今は格闘技専用アリーナの 「ディファ有明」 というのが建っている。

あの頃のセイタカアワダチソウは背丈より高かったが、今では日本の風土の中でモディファイされてしまったようで、だいぶ背が低くなった。

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2007年10月11日

神無月十一日の歌

水かさの減る利根川を越えながら常磐線は加速して行く


つくばエクスプレスができて以来、常磐線利用者がずいぶん減った。朝、ラッシュ時より少し遅れるだけで、常磐線の取手駅はずいぶんひっそりとして、始発電車ではほぼ必ず座ることができる。

取手駅のホームの端からすぐ、利根川を渡る鉄橋が見える。取手駅を出た上り電車は、すぐにこの鉄橋を越えることになる。

利根川は坂東太郎というほどの大きな川で、地形を見事に分けているのだが、それを境に、向こう側が下総の国で、こちらが常陸の国というわけではない。利根川のこちら側も、まだ下総の国である。

国の境が決められた古代は、利根川は東京湾 (江戸湾) に注いでいて、今の流路ではなかった。今の道を辿って流れるようになったのは、江戸時代に人工的に流れを変えてからである。だから、今の利根川は、国境に関係がない。

その、人口の利根川を超えて、今日も東京に出てきている。

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2007年10月10日

神無月十日の歌

蒼天の全ての果てを絶しては雲井の淵に光る秋の日


出掛けに見たつくばの空は、青空とうろこ雲のコントラストがとても見事な秋空だった。ところが、東京に着いてみると、ぼんやりした曇り空で、時々青空がちらりと顔を見せる程度だ。

昨日九州に大雨を降らせた台風十五号崩れの低気圧が、本州の南岸沿いに進んで東に抜けるので、南に下るほど雲の量が増えるということのようだ。

同じ関東でも、つくばは東京より四十キロほど北にあるので、あまり雲がかからない。おかげで、見事な空を見ることができた。

この 「低気圧が本州の南岸沿いに進む」 というのは、季節が完全に秋に変わったということを示す兆候だと、気象予報士の森田さんが言っていた。太平洋高気圧が強いと、台風や低気圧は日本列島まで押し上げられるのだが、北方の高気圧が強くなると、南海上に押し下げられるのだそうだ。

日本列島は、既に北方の空気の影響下に入ったらしい。

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2007年10月 9日

神無月九日の歌

無花果の採り尽くしたる枝先に赤子の肌の如き実の出づ 


駅に向かう道の民家の庭先に、イチジクの木がある。最近まではずいぶんたくさんの実がなっていたのだが、いつの間にか収穫されてしまったようで、すっかり姿を消していた。

ところが、イチジクもなかなかしぶとい。新しい実を一個だけ膨らませてしまった。まだまだ熟していないので、黄色味を帯びて、つるんとしているが、だんだん熟してくるだろう。

だが、いわゆる 「二番成り」 なので、おいしいかどうかはわからない。

ついこないだまで 「暑い暑い」 と繰り返していたのに、ふと気づけば、すっかり秋模様だ。

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2007年10月 8日

神無月八日の歌

軒下に雨宿りする秋津ありて再び飛ぶを見届けざりき 


今日は朝から降ったり止んだりのはっきりしないお天気。昼から某講演会に出席。出かける往復の道も、雨が降ったり止んだり。で、ワイパーを動かしたり止めたり。

出かける前に庭に出ると、とんぼが一匹、作業台の上にひっそりと止まっている。カメラのレンズをかなり近づけても逃げない。

よく見ると、尻尾の先が台についてしまっている。元気なとんぼなら、ぴんと持ち上がっているのだが。羽根もだらりとしている。あるいは寿命が尽きる寸前なのかもしれない。

秋は知らぬ間に深まっているようだ。

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2007年10月 7日

神無月七日の歌

この年を限りに消ゆる堤には今年限りと彼岸花咲く 


昨日のログでも触れたが、我が家の裏を流れる小川の土手に、ようやく彼岸花が咲き始めた。いつもの年は、まるで計ったように彼岸の頃に咲き始めるのだが。

ちなみに、去年はまさに彼岸の中日にこんな歌を詠んでいる。

自らの咲くべき頃を知りゐたる如くに赤き彼岸花咲く

今年はさすがに季節の進行が遅すぎて、彼岸花もお彼岸が来たのに気付かなかったようだ。

ところで、この土手も、多分この冬限りで取り崩されることになる。写真の向こう側にちらりと見えている黄色っぽいのが、新しい土手だ。川幅が二倍になるので、もう 「我が家の裏の小川」 とはいえなくなる。「普通の川」 になってしまう。

来年の彼岸の頃は、新しい土手に赤い花が咲くだろうか。

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2007年10月 6日

神無月六日の歌

息吸へば我が胸のうちさやかなる気の満ち満つる頃となりたり 


さわやかな一日だったようだ。「だったようだ」 というのは、午後からはほとんど陽の射さない室内に閉じこもって仕事をしていたからである。

日が暮れてから仕事を一段落して、車に乗って帰宅の途中、つくばにあるショッピングセンター のコーヒーショップで休憩している。

夜の空気は涼しくさっぱりとしている。一年で一番すごしやすい頃に、ようやくなったのかもしれない。いつもの年は、秋の彼岸の頃に計ったように咲く我が家の裏の土手の彼岸花が、今年は今日あたりからようやく咲き始めたし。

写真は常磐道の友部パーキングの風景。このパーキングはかなり大規模で、休日はかなり混み合うのだが、さすがに日が暮れてからはひっそりとしている。

そういえば、世の中は三連休なのだった。先月から三連休というケースが多いが、私にはあまり関係ないようだ。たまにはゆっくりと朝寝がしてみたいのだが。

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2007年10月 5日

神無月五日の歌

降れば冬 曇れば初秋 陽の射せば夏戻り来るこの年の秋 


久しぶりで、きちんと晴れ渡った空を見たような気がする。朝、家を出るときは、気分がすかっとするほどの快晴というわけでは決してななかったのだが、時間が経つにつれて雲の量がどんどん少なくなってきた。

そして、今日は最高気温が二十六度になるという。十月に入って、まだ夏日である。

ここ数日、少しは涼しくて秋らしくなってきたと思っていたのだが、それは曇りとか小雨模様の天気のせいで、晴れさえすれば、気分はまだ夏ということのようだ。「夏はもういいよ」 と言いたくなるのだが。

朝の出掛け、土手のネコジャラシが逆光で趣があるように見えたので、急いで撮ってみたが、思ったような写真にはなっていない。

なんだか今日は狂歌じみたものになってしまった。

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2007年10月 4日

神無月四日の歌

椋鳥は渡りたるらし静けさのうちにこそ知れ時の移るを 


六時四十分頃に取手駅に着いた。すっかり日が暮れている。

西口ロータリーは、人通りは絶えないがやけに静かな気がする。どうしてこんなに静かに感じるのかといえば、それは、あの騒がしかったムクドリの大群がいなくなったからだ。

つい最近、多分、三~四日前までは、この時間帯になると、ロータリーの木立をねぐらとする何千羽 (あるいは一万羽以上かもしれないが) というムクドリたちが、耳を覆わんばかりのけたたましい鳴き声をあげていたのだが、いったいどこに行ってしまったんだろう。

秋になったので、もっと暖かいところに渡っていってしまったのだろうか。なんとなく宴の後の気の抜けたような感覚である。

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2007年10月 3日

神無月三日の歌

しがらみの底に埋もれし言の葉を掘り当てむとぞ夜道を辿る


仕事にも二通りあって、もっぱら自分の創作力というか、そっち方面の自由な能力に任せて突っ走って仕上げてしまえばいい類のものと、あちこちに連絡をとって調整に調整を重ねつつ、少しずつ前進していく類のものとがある。

私はどっちかというと、自分のやりたい放題で一気呵成に仕上げてしまいたいタイプなのだが、そんな仕事ばかりが回ってくるとは限らない。

最近は、あちこちに顔を出して折衝して、煉瓦を一つずつ積み上げるように構築する仕事に取り組んでいる。

そんな一日が終わると、和歌を詠むなんていう作業が、どこか遠くに飛んでしまうような気がしてしまうのだ。どうも、頭の中の使う筋肉が違うみたいな感じだ。

で、夜道を辿りながら別の方の筋肉を解きほぐして、ウォーミングアップしたりしている。そんな時に、こんな景色があると、つい写真に撮ってしまう。

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2007年10月 2日

神無月二日の歌

アレグロで日の落ちてより秋の夜はモデラートにて更けて行くなり


本当にいつの間にか秋らしくなってしまっていて、日の暮れるのが早い。ちょっと暗くなったかと思っている間に、ふと気付けばすっかり暮れている。

取手駅西口から国道六号線を越えようとするあたりは、駅前の賑やかさから少し外れるので、ますます日の短さを感じる。

時計を見れば、まだ七時を過ぎたばかり。夏至の頃はまだ十分に明るかったのに。

週間天気予報では、明日はぐずついて涼しいようだが、明後日からは、二十四~五度の気温が続くという。二十五度といえば、「夏日」 と定義づけられているが、今年の夏の暑さが半端ではなかったので、昼時を除けば、十分に涼しく感じるだろう。

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2007年10月 1日

神無月一日の歌

秋の日の釣瓶の如く落ちて行く世界の果てに垣間見る明日


さすがに彼岸を過ぎると急に日が短くなるのを感じる。五時近くになると、もう夕闇が迫っている。

クリスマスの頃になれば、四時ごろに十分暗くなるのだから、まだまだましなのだが、これからどんどん冬に向かうのだなと感じる。

関東の冬はからっとしているが、私は東北の日本海側で育ったので、冬に向かうというのはなんだか寂しい気がしてしまうのである。

岐路につく頃には、街灯がつき始めている。このあたりから、世界は急速に暗くなる。秋の日は釣瓶落としとは言い古されているが、いくつになっても実感だ。

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