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2007年12月31日

平成十九年大晦日の歌

水鳥として生まるれば水に棲む鮒を喰らふに鵜はためらはず


大晦日だからといって、時の流れ方に格段の違いがあるわけではないが、それでもこちらの感じ方にちょっとした違いがある。

時の流れをとくに濃密に感じるような時期はとうの昔に過ぎて、今は淡々としたものだが、それでも、ちょっとだけ感慨めいたものはある。

土手の道を散歩していると、二羽の川鵜 (だと思う) が水面に浮かんでいる。二羽はつがいだと思うが、あまりベタベタしてはおらず、勝手にあちこち移動しては、時々水底に首をつっこんで、魚を捕って食べている。

こちらがカメラを向けると、さすがに野生の鳥の敏感さで察知して、すぐに飛び立つ。鉄砲でも向けられたと思うのだろうか。この用心深さによって、生き延びられるのだろう。

明日は新年。よいお年を。

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2007年12月30日

師走三十日の歌

荒玉の年の瀬に寄る諸々の重たきものを払ふ嵐か


近頃、天気予報が当てにならない。今日も、茨城県南部は 「曇り時々晴れ」 となっていたのに、昼過ぎから雨になって、雷まで鳴ってきた。

昼前にちょっと車で用足しに出て、帰ってくる途中、カーラジオの天気予報が 「茨城県では、昼過ぎに雷の鳴る所もある模様です」 なんて言っていた。

「まさかねぇ」 と思いながら、ちょっと斜め後ろの方の空を見ると、何と本当に、分厚い黒雲がどんどん広がってきていて、間もなくゴロゴロ鳴り始めた。

私の田舎では、「雪おろしの雷」 と言って、冬にも結構雷がなるが、関東で今の時期の雷というのは、かなり珍しいんじゃなかろうか。思わず車を停めてカメラを構えたが、まるでアニメで見る嵐の前のような光景が、現実に撮れてしまった。

上空に寒気が急速に入ってきているので、こんな時の天気予報はかなり難しいらしい。天気の世界には、政治の世界以上に 「上り坂と下り坂とまさか」 というものがある。

いや、これは、重苦しいものをすべて吹き払って、新年を迎えるプロセスなのかもしれない。

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2007年12月29日

師走二十九日の歌

年の瀬の雨雲は日の暮るるまでとどまりて世の乾き潤す


今年も、今日を入れて三日しかなくなった。雨が降るという予報だったので、家の中の大掃除を済ませた。

昨日の予報だと、かなりの大雨になるということだったが、実際にはそれほどでもなく、いいお湿りになったぐらいである。ただその分、午後には晴れるというのもはずれて、日が暮れるまで時々小雨が残った。道路は終日乾くことがなかった。

夕方前にちょっと買い物に出たのだが、年末の買い出しのための道路渋滞で、思いの外時間がかかった。近頃は年末年始でもスーパーは休まないから、別に大量の買い物なんかしなくても済むのに、そこはそれ、気分の問題である。みな一杯に膨らんだレジ袋をいくつもぶら下げている。

大晦日からはかなり冷え込みそうだが、明日はそれほどでもないらしい。濡れた路面は凍らずに済みそうだ。

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2007年12月28日

師走二十八日の歌

雨を待つ冬の日射しの弱々とやや霞みたる川面を照らす


昨日からの天気予報では、午後から雨になると言い続けていたのだが、ついに日が暮れるまで雨は一滴も降らない。それでも、雨が降るのは確実で、夜中から明日の昼まで大雨になるという。

そんな雰囲気には全然見えないのだが、気象予報士があれだけ自信たっぷりに言い切っているのだから、本当なのだろう。

買い物に出たついでに、近所の小貝川の土手から写真を写した。敢えて逆光にして、冬の弱い光の雰囲気を出そうとしたのだが、どうやら雰囲気が出過ぎのようだ。ちょっとぼんやりしすぎである。

今年は今日を入れても、あと四日しかない。いつもの年なら、年賀状印刷などで大わらわなのだが、今年は喪中のため、大掃除ぐらいしかすることがないので、「まだ四日もあるのか」 なんてことを思っている。年末進行の原稿も全部書き終えたし。

いっそ早く新年になってくれる方が、すっきりするような気がする。勝手なものである。

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2007年12月27日

師走二十七日の歌

木枯らしの冷たきにふと見上ぐれば既に暮れゐる煤払ひの日


今日は朝から大掃除。天気のいいのは今日までだと思っていたので、必死に外回りの整理をしていたのだが、改めて天気予報を聞いてみると、明日の午前中まではもつらしい。私の勘違いだった。

そして、天気の崩れは前倒しになって、大晦日からは持ち直すなんて言っている。もしかしたら、初日の出もみられるかもしれないようなのだ。

ただ、それを知ったのは夕方頃で、ふと気付くと、いつの間にか日が暮れてしまっていたので、今日はまともな写真を全然撮れなかった。そんなわけで、今日の写真としてアップしたのは、実は昨日の夜に、取手駅前のペデストリアンデッキから撮ったものである。

クリスマス・イルミネーションだと思っていた並木の灯りは、正月までずっとそのまま使うようだ。一度飾ったものは、なるべく長く使おうということらしい。

それでも、十一月終わりから二月の旧正月まで派手な電飾を付けっぱなしの香港あたりよりは、ちょっと短いが。

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2007年12月26日

師走二十六日の歌

立ち並ぶビジネス街の門松を松の内には誰そ愛づらむや


そろそろ仕事納めになる会社がぽつぽつ見えてきた。入り口の前には門松が立ち始めた。

年明けは、五、六日が土日になるので、七日が仕事始めという会社が多いだろう。そうなると、仕事始めの日までが松の内ということで、二日目には早々に片付けることになるのだろうか。

関西流の松の内を採用して、十五日まで飾っておくのでないともったいないような気がする。

今日は天気がいいが、相変わらず風は冷たい。年末年始は天気が崩れるようだ。雪が降らないようなら、酒田に帰ってもいいと思っていたが、この分では、峠越えが大変そうだから、止めておくしかないようだ。

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2007年12月25日

師走二十五日の歌

葉を落とし黒き地肌を晒しつつ銀杏は今日の木枯らしを受く


朝から曇がちなので、風が冷たい。四日ぶりに都心にやってくると、歩道のイチョウ並木はさすがに落葉がすすんでいる。

それでも、丸裸に近くなった木もあれば、まだ黄葉しきらないで、薄緑の葉に覆われている木もある。ビル街は、日当たりや風の通り道の具合で、ほんの二十メートルぐらいの距離の場所でも、コンディションに違いが出るようだ。

街の様子もかなり押し詰まってしまっている。あとは今年最後の後片付けをすればいいという風情だ。

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2007年12月24日

師走二十四日の歌

我が宿に四半世紀の風渡り川の流れも変わり行くなり


今夜はもうクリスマスイブで、昨日の天皇誕生日の振り替え休日。今年もあと一週間だ。

いつもの年なら、今頃は年賀状を作り終えていなくて、気が急いている頃だが、今年は早々に喪中葉書を出してしまったから、気が抜けたような感じがしている。

年賀状だけでなく、正月の準備みたいなことは何もしなくていい。大掃除さえすれば、勝手に年が明けてくれるのを待てばいい。

我が家の裏の川も、かなり土手が取り崩されてしまい、向こう側の新しい土手がすっきりと見通せるようになった。同じ土地に二十五年も住んだのはここが初めてで、こんなにも大掛かりに景色が変わって行くのを目の当たりにするのも、これが初めてである。

四半世紀も同じ所に住めば、周囲の景色が変わるのも当たり前のことなんだろうが、やはり珍しくて仕方がない。

新年からは、さらに掘り下げて、向こう側の土手まで一杯の川幅にしてしまう工事が始まるだろう。

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2007年12月23日

師走二十三日の歌

千早振る神磯の波高けれど鳥居は受けてこの日ことほぐ 


昼前まではかなりの雨だったが、午後になって急に回復し、日が射してきた。とはいえ、大洗の磯から望む太平洋は、荒波である。

磯の岩の上に、神磯の鳥居と呼ばれる鳥居が立っている。その昔、御祭神である大己貴命と少彦名命が降臨したところと伝えられる。

波は見る間にますます激しくなって、磯と鳥居に打ち寄せる。波しぶきは、時として鳥居の高さよりも高く砕け散る。

自然の力というのは大いなるものである。それをただ受けて立ち続ける鳥居というのも、何かを感じさせてくれる。

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2007年12月22日

師走二十二日の歌

年明けて詣づる人のさきはえとはや絵馬は立つ磯前の社に


(昨日はインターネット接続が、PHS でもできないところにいたため、和歌ログのアップができなかったので、日が変わったが、22日付として登録しておく)

大洗の海岸に来ている。磯前神社というのがある。これまえで私は、「いそざきじんじゃ」 と読むものとばかり思っていて、Wikipedia でもそのような読みになっているが、当の 磯前神社のサイトの URL では、"isosakijinja" とあり、「いそさき」 と濁らないようなのである。

この神社に詣でたら、早くも初詣用の大きな絵馬 (絵鼠?) が飾ってあった。

本来なら、元日用の写真として保存しておきたいところだが、私は喪中なので、新年になってもことさらなお祝い事は述べられない。そこで、今のうちにさりげなくアップしておくことにする。

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2007年12月21日

師走二十一日の歌

冬晴れにさし昇りたる太陽の低きにあれどさわやかに見ゆ


昨日までの体調の悪さは、どうやらノロウィルスのせいではなかったようだ。

「もし本当にノロウィルスにやられたんだったら、吐くわ、下痢が止まらないわで、仕事どころじゃないよ」 と言われた。そういえば、うちの娘も昨年ノロウィルスにやられたが、2日間はベッドとトイレの往復だったなあ。

私の場合は、ちょっとむかむかしたけれど、吐き気はなかったし、下痢だってそんなにひどいってわけじゃなかったから、単なる食あたりだったのだろう。

というわけで、今日は早くも、「朝日のようにさわやかに」 といった気分である。ただ、冬の日はちょっと高度が足りないことは否めないが。

そういえば、明日は冬至だ。

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2007年12月20日

師走二十日の歌

陽だまりを踏む靴底に微かなる音響きたり銀杏降り積む


多分、これって、ノロウィルスってやつのせいなんじゃあるまいか。一昨日あたりからちょっと腹具合がおかしいと思っていたのだが、昨夜からかなりしんどい。(昨夜の様子は、"Today's Crack" の方に書いてしまったが)

昨夜は早々に風呂に入ってベッドになだれ込み、何年ぶりかで 10時間も寝た。おかげで今日は昨夜よりは少しましだが、それでも本調子じゃない。

本調子じゃないといいながら、今日は休めない仕事があるので、都心に出てきている。因果なことである。

都心のイチョウ並木も、かなり落葉がすすんだ。陽だまりには、黄葉したイチョウの葉が積もっている。私は落ち葉をカサカサと鳴らして踏んで歩くのが好きなので、このまま掃除なんかしないでもらいたいのだが。

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師走十九日の歌

この冬を限りと消ゆる土手腹に名残の如く霜は降りたり


目を覚まして窓を開けると、一面霜野原である。一面の霜というのは、関東ではそれほど珍しいことではないが、私の故郷の庄内では、あまり見たことがない。

庄内の冬は何しろ風が強すぎるので、霜どころではない。それに、本当の冬になったら雪が積もるし。

気象予報士の森田正光さんによると、霜柱というのは、世界では珍しい現象なのだそうだ。地表付近がちょうど零度ぐらいに冷えて、風のない地域でないと、霜柱はできにくい。冷えすぎると、霜柱ではなく、凍土になってしまう。

関東は、霜柱のできるのにちょうどいい気候であるらしい。

我が家の裏の川の拡幅工事は、いよいよ佳境に入ってきて、元々あった土手がどんどん崩されている。まだ崩されていないところに、名残のようにとくにびっしりと霜が降りている。

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2007年12月18日

師走十八日の歌

山茶花の咲き乱れたる年末の歩道をかすめ車行き過ぐ


今日もちゃんと寒い。朝目を覚まして窓の外を見ると、一面に霜が降りていた。

車のウィンドウにもびっしりと霜が凍り付いている。以前は、この霜を専用のヘラでこそげ落としたり、解氷スプレーをかけたりしていたが、最近は最も簡単で効果的な霜取り法を発見した。

それは、出発間際に風呂の残り湯を洗面器にすくって、ざっとかけるのである。コンマ数秒で解氷される。

三日ぶりで東京都内に出たら、歩道の植え込みに山茶花が咲いているのに気づいた。確か昨年まではなかったと思う。いつの間に植えたんだろうか。

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2007年12月17日

師走十七日の歌

冬晴れの木枯らしの道横切りて飛行機雲はうねうねと行く


今日は自宅で仕事。昨日は滋賀県まで日帰り出張という強行軍だったから、今日はゆったりと仕事したい。

裏の川では拡幅工事で、古い土手の取り壊しをしているし、表の道路では下水工事、ちょっと先では排水溝設置工事と、最近我が家の周囲は工事だらけで、平日に家にいると、騒音と振動で大変だ。

外に出ると、木枯らしである。かなり冷たい風だ。今年のあの暑い夏のさなかは、冬なんて来ないんじゃないかと思うほどだったが、えらいものである。ちゃんと冬は来た。

土手の工事の向こう側に、うっすらと飛行機雲が見える (写真では縦の線になっている)。上空でも風が強いせいか、ぐにゃぐにゃに曲がって伸びている。

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2007年12月16日

師走十六日の歌

筑波より望みし富士の頂の裾野はかくも広がりてあり


今日は滋賀県に出張。仕事が長引いたら泊まりになるかもしれないと思っていたが、なんとか日帰りできた。その代わり、かなりな強行軍である。

往路では、窓から富士山がきれいに見えた。最近はちょくちょく東海道新幹線に乗っているが、こんなにきれいに見えたのは本当に久しぶりである。

一昨日までは、十六日は曇がちとの予報だったが、昨日には晴れと変更になっていた。さすがに間近で見る富士山は、雄大である。

ところが、滋賀県というところは琵琶湖があるので、日本海側からの季節風が素通りになる。昼前に名古屋方面から琵琶湖に近づくにつれて、空がどんどん重苦しく灰色に垂れ込める。

こりゃ、下手したら雨どころか雪になるかもしれないと思ったが、着いてみれば青空が広がっている。そういえば、私は晴れ男だったと、ほっとする。

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2007年12月15日

師走十五日の歌

宵闇に映ゆる御寺に見入る間に早信号は青に変われり


今日もまたいい天気だったが、風はまさしく冬の風で、寒い一日だった。水戸の那珂川を越えた向こうに行っていたので、その寒さがますます実感された。

夜になって帰ってきて、板橋不動尊のそばの道を通った。近頃はショートカットの道が整備されたので、滅多にこっちの道は通らない。久しぶりに、ライトアップされた三重の塔を見た。

信号待ちの間に、サイドミラーにカメラを固定させて写したのだが、シャッターを押した途端に、ご覧の通り、赤信号が青信号に変わってしまった。後ろからクラクションを鳴らされないうちに、あわてて発信した。

この寺は、正月になると初詣で大変な人出になる。

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2007年12月14日

師走十四日の歌

遥かなる真白き富士の頂の見えぬ裾野の大いなるかな


一日おきの晴れたり降ったりの一週間、今日は晴れの番だが、晴れ方でいったら、今週で最高の日和である。

出掛けに、田んぼの彼方に富士山の雪をかぶった頭が見えた。ということは、かなり冷たく乾いた風が吹きまくっているということである。

その通りで、今日は昼になっても晴れている割に気温が上がらず、木枯らしが吹いていた。青山まで行って、外苑東通りを歩いたのだが、寒さに震えてしまった。

明後日の日曜日、またしても仕事で東海道新幹線に乗る。天気予報では、途中で富士山をまともに見るのは無理のようなので、今日のうちに載せてしまうことにした。

つくばから見えるのは、ほんの頂だけなのだが。

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2007年12月13日

師走十三日の歌

朝雨の止みたるのちもしつとりと師走の街の路は乾かず


朝から冷たい雨が降っているが、微妙な降り方なので、一度も傘をさしていない。そうこうしているうちに、止んでしまったが、ずっと曇がち。

おかげでカラカラ天気がやわらげられている。日が暮れて、街にネオンが灯り始めてからも、空気がしっとりしている。

私のバッグにはいつも小さな折り畳み傘 (超軽量) が入っていて、いつ本降りになっても大丈夫なように、用意だけはできている。そのくせ、なかなかその傘を使う気になれない。ほとんど、ただ持ち運んでいるだけである。

なんで傘をさしたくないかというと、まず、濡れた折り畳み傘をしまうのに、乾かさなければならないのが、うっとうしい。そして、しまわずに手に持っていると、必ずどこかに忘れてきてしまうのが目に見えている。

そんなわけで、私の傘は、それなりの降り方にならないと、日の目を見ない。いや、なにしろモノが傘だから、ほとんど日の目を見ないのである。

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2007年12月12日

師走十二日の歌

ビル風の時おり抜くる舗道には落ち葉張り付き縁のみ靡く


今週は一日おきに晴れたり降ったりということで、今日はその晴れる番の日。ただ、晴れるといっても、昼過ぎからはどんよりとした曇り空になった。

東京都心のイチョウ並木も、ようやく葉が散り始めた。歩道を黄色の葉が風に吹かれて舞っている。

ところで、ちょっと前、「銀座の歩道にガードレールがないのは、車で乗り付けてすぐに店に入れるようにしているためで、いわば、街のステータス」 というコメントを聞いた。これはちょっと眉唾である。

そんなことをいうなら、ここ神田の街並みもガードレールなんてない。中小企業と問屋が多いので、営業車の荷物積み下ろしを楽にするためだと思っている。

だから、歩道にガードレールがないことが街のステータスの表れということはない。銀座のコメントは、ちょっと贔屓の引き倒し気味である。

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2007年12月11日

師走十一日の歌

黄に染まる銀杏並木の梢より僅かに高き国会議事堂


今週は、一日おきに晴れたり曇ったりなんだそうだ。昨日が晴れたから、今日は曇の番。

昨日の晴れが日本晴れと言うわけではなかった分、今日はそれほどどんよりした曇り空というわけではない。ちなみに、明日は晴れて、あさっては少し雨が降るらしい。

今日は昼過ぎから某官庁での会議。久しぶりで霞ヶ関に出没した。私にはとても似合わない街である。

イチョウがここでもようやく黄色に染まり始めている。その向こうに、少しだけ国会議事堂の屋根のとんがりが見える。

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2007年12月10日

師走十日の歌

風の道日当たりの妙 銀杏には散りかけるあり緑なるあり


師走も十日になって、筑波の地はかなり冬らしくなったが、東京都心に出てくると、まだイチョウ並木は葉を残している。

少しずつ落ち葉になり始めた樹もあるが、中には、まだ緑色の葉をつけたままのものもある。ビル風とか、背の高いビルのせいで、日が当たりにくいとか、いろいろな要因があるのだろう。

日当たりの悪いところは早く落葉するかというと、まんざらそうでもないようなのだ。もしかしたら、かえって一日の気温差が小さいので、黄葉と落葉が遅いのかもしれない。よくわからないけれど。

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2007年12月 9日

師走九日の歌

朝霧は地を這ひ日の出待つ杜を浮き立たせゐる冬はつとめて


今日は夜明け前に家を出て、日がとっぷり暮れてから帰ってきた。日中は仕事で屋内にいたので、外界のことはさっぱりわからない。

覚えているのは、夜明け前の凛とした光景だけである。

枕草子では、「春はあけぼの」 「冬はつとめて」 と言っている。どちらも 「早朝」 のことだ。

私は 「つとめて」 というのは 「あけぼの」 よりちょっとだけ遅い時分のことを言うのだと思っていたが、改めて調べてみると、それは正解でもあり、間違いでもあるようだ。

Goo 辞書 (三省堂 『大辞林』) では、次のように説明されている。

つとめて: 早朝。あけがた。あかつき。

あけぼの: 夜がほのぼのと明ける頃。夜空がほのかに明るんでくる頃。暁(あかつき)の終わり頃。ほのぼのあけ。しののめ。

「つとめて」 は 「あかつき」 と同じであり、その 「あかつきの終わり頃」 が 「あけぼの」 なのだそうだ。とすると、「つとめて」 の方が早い。

もちろん、冬の方が日の出はずっと遅いから、今の考え方では、春の 「あけぼの」 の方が、「時刻的に」 早いのだろうが、昔の時刻の基準は日の出と日の入りだったから、その意味では、冬の 「つとめて」 の方が早いと言っていいだろう。

今日初めて知ったことである。

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2007年12月 8日

師走八日の歌

薄の穂散り散りに揺れ見ゆるもの常に細かく変化する風


ちょっと風邪気味。鼻水と咳が出る。インフルエンザではないと思うが、大事を取って、今日はできるだけ外に出ないようにしようと思う。

外の天気は、雲は多いのだが明るい。太陽は雲に隠れたり出てきたりする。太陽が雲間から出ているときは、ますます明るい。

風は案外強い。その風も、一定の吹き方ではなく、常に細かく変化しているようで、薄の穂が思い思いにあちこちの方向に揺れている。

庄内 Cam にアクセスしてみると、我が故郷はどんよりと曇っている。雨が降っているようにも見える。その湿度だけを、関東に持ってきたいような気がする。

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2007年12月 7日

師走七日の歌

副都心六百六十七尺の高みより見る木々は色づく


所要で都庁に行った。約束した時刻より少し早めに着いたので、せっかくだから、大急ぎで最上階の展望台まで行って、下界の写真を撮った。

この展望台は二百二メートルの高さがあるそうだ。

昨日か一昨日だったら、多分富士山まで見えただろうが、今日は案外水蒸気が多くて、遠くまでは見渡せない。それならばと、直下の中央公園の様子を撮ってみた。

木々の葉が赤や黄色に染まっている。冬だか秋だかわからに光景である。

東北方面だったら、一ヶ月以上前の光景だが、都心だと、師走に入って一週間経っても、こんなものだ。クリスマス頃になって、ようやく葉が落ち始めるのだろう。

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2007年12月 6日

師走六日の歌

急坂の極みにやうやく出で来る冬の朝日を目指し登りぬ


いつも大体決まった時刻に家を出て、取手駅の近くに借りた駐車場に車を置いて、取手駅に向かう。駐車場はすり鉢の底みたいなところにあって、どっちの方向に行くにも、坂道を登らなければならない。

私がいつも通る坂道は、その中でも最も傾斜のきつい坂道である。年よりは途中で立ち止まって休みたくなるほどの道だ。

夏の間は、この時間になれば太陽はかなり高いところに昇っているが、最近は、ちょうと坂道のてっぺんにある。まぶしくて上を見上げられないほどだ。

この写真を撮るときも、ファインダーの中が逆光でさっぱり見えないところを、むりやり見当をつけて撮影したもの。

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2007年12月 5日

師走五日の歌

エーテルてふ怜悧なるもの空にありて青く輝く如き冬の日


今日は寒かった。東京はこの冬一番の冷え込みだそうだ。

とはいえ、最高気温は東京都心で十三度ぐらいになったらしいので、大したことはない。この程度で寒く感じるというのは、私も相当ヤキが回ったか。

某校の授業の臨時講師を勤めるために、久しぶりに新宿に出る。九十分の講義を無事に勤めた。

西口方面は副都心と言われるようになって久しいが、まだまだ高いビルが増え続けている。地上は雑踏だが、空はどこまでも青く晴れ渡っている。木枯らしが吹いていいて、雲もなく、午前中の早いうちは、富士山まで見通せた。

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2007年12月 4日

師走四日の歌

日の暮れてプラットフォームの外れでは待降節を祝ふ信号


このところ、朝とか昼とか、とにかく明るい時間帯の写真が続いたので、今日はバランスをとるためというわけでもないが、日が暮れてからの写真。

上野駅の常磐線ターミナルホームの端から、北の方向を写してみた。ホームの右側 (十二番線) から、いましも快速電車が発車しようというタイミングなので、右側の信号が青になっている。

近頃は、青信号の色も、ずいぶん本来の青に近づいてきた。昔はもっと緑っぽかった。そういう意味では、昔の方が今の季節に合っていた。(赤と緑のクリスマスカラー)

なお、待降節は、クリスマスを待つ期間のことだそうだ。

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2007年12月 3日

師走三日の歌

朝霧の白きの内に枯れ草も常葉の色も未だ眠るか


今朝目を覚ましたらとても濃い朝霧が出ていたの。朝霧が出たら、その日は上天気になることが多いが、何事にも例外はある。どうもはっきりしない天気になっている。

車で自宅を出て、田んぼの中の近道を通って駅に向かったら、思いのほか霧が濃いままで残っていて、のろのろ運転しなければならなかった。これだと、近道の意味があまりない。

天気予報では、昼頃に短時間だけ雨になると言っていたのだが、十時前からしっかりと降り出した。昼を過ぎてもまだしとしとと降っている。

朝の霧がそのまま雨になるのでは、まるで山の天気みたいだ。しかし、このところのカラカラ天気で少しのどの具合がおかしかったので、この湿り気はありがたい。

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2007年12月 2日

師走二日の歌

我が内の宇宙を落ち葉にも見たり師走二日は和歌ログ記念日


今日は私が勝手に認定している 「和歌ログ記念日」。四年前の十二月二日に、和歌をウェブに載せ始めたので、こういうことになっている。

そして、最初に詠んだ歌が

三日降る雨の小路の濡れ落ち葉 掃きためらひて彩 (いろ) 留めをり

というものだったので、その行きがかり上、この日は落ち葉とか、枯葉とかをテーマにして、下の句を 「師走二日は和歌ログ記念日」 の決まり文句にするいうことに、自然になってしまった。私は割と 「成り行き」 とか 「いつの間にか」 とかいうことを大切にする方なのである。

今日は某セミナーに出席するために横浜まで出かける。写真は取手駅近くに借りている駐車場に落ちていたプラタナス (かな?) の落ち葉。細かい露がびっしり付いている。

周りを見回してもプラタナスの木はないので、多分誰かの車にくっついて、どこかから運ばれてきたのだろう。

宇宙は 「縁」 に満ちている。そして、この枯葉の中にも、それをみる私の中にも、宇宙はある。

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2007年12月 1日

師走一日の歌

北風を受くる薄の揺るる穂の輝きの止むことのなき午後


今日から十二月。久しぶりのいい天気である。ということは、酒田の天気は、曇りがちで、時々雨ということだ。冷たい雨である。

久しぶりの休日。裏の土手を歩いてみると、川の拡幅工事が少しずつ進んでいる。拡幅工事は一度にはできないので、川幅が場所によって広くなったり狭くなったりしている。我が家の裏の部分も、来年の春前までには広くなるようだ。

そういえば、明日は 「和歌ログ記念日」。四年前に和歌ログを始めたのが十二月二日なので、今日で四年間、一日も欠かさず歌を詠んできたことになる。三百六十五の四倍に、閏年が一度はいるから、千四百六十一首目だ。

始めた頃には、まさか毎日欠かさずに四年間続けられるとは思ってもみなかったが、今ではもう、ほとんど習慣になってしまっている。人間とはわからないものである。

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