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2008年6月30日

水無月三十日の歌

半分を終はらむとするこの年の今日の日暮れは長々きなり


気付いてみれば、今日で六月が終わりで、ということは、今日で今年の半分が終わりということだ。まったく月日の過ぎ去るのは早いものである。

時間の経つのが早いとはいえ、それなりにいろいろなことをこなしているなあという実感もある。まったく無為徒食というわけでもないような気がするのは、結構ありがたいことである。

まあ、そんなわけで、月末締めの原稿を夜遅くまで書いたりしているうちに、今月末はさすがに疲れた。考えてみると、またもやずっと休みが取れていない。まあ、二十二日の日曜日は観光旅行だったとはいえ、一日中運転していたし。

今週はあまりじたばたせずに、ゆったりと暮らして疲れを取るように心がけよう。

今日は小雨模様で明けて、夕方に向かうにつれて空が晴れてきた。こんな日はものすごく日が長いような錯覚にとらわれる。

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2008年6月29日

水無月二十九日の歌

梅雨空の重たき色の映り込む稲の隙間は埋まりゆくなり


朝からずっと雨。拡幅工事が春に完成した裏の川は、見たこともないほどたっぷりした水の流れになっている。

仕事で昼に外出。夕方に田んぼの中の近道を通って帰ってきた。

このごろは暑くなったり寒くなったりの繰り返しで、いったいどうなっているのかわからない。

毎年今頃というのは、これから向かう真夏の暑さの実感がまだそれほどでなく、なんだか中途半端な時期である。それでも、田んぼはすっかり緑の絨毯のようになり、真夏の姿に一歩ずつ近付いている。

月末締めの仕事が溜まっていて、土日もへったくれもない。さあ、明日までに仕上げなければならない原稿に取り組もう。

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2008年6月28日

水無月二十八日の歌

この年の初めての花咲きにけり薔薇と我との命結びて


昨年の夏を過ぎてから元気のなかった我が家の裏のバラだが、枝を刈り込んでしばらく養生してもらった甲斐があり、ようやく今年初めての花をつけた。

「お帰りなさい」 という感じである。で、せっかくだから写真を撮ってみたのだが、これほどノッペリとしていないバラの写真が撮れたのは、初めてのような気がする。

考えてみれば、デジカメを買い換えて最初のバラの写真だ。さすがに、前の機種よりスペックがいいだけのことはある。

買い換えたばかりの頃は、なんだかそれまでの機種との色合いの出方のクセみたいなものとの違いに戸惑っていたが、ようやく最近になって慣れてきた。やっと今のカメラと仲良くなれたようだ。

それと同時に、バラの命との新しい 「結び」 ができたような気がする。

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2008年6月27日

水無月二十七日の歌

紫陽花のたつぷりと咲くこの梅雨の明くれば我は熊野に行かむ


今月十日のログで紹介したように、今年はわが家の裏の空き地のアジサイが、とてもきれいに咲いた。それだけでなく、この一帯のアジサイも、今年はずいぶんきれいに咲いているような気がする。

今年は順調に梅雨入りして、雨模様とお天気がメリハリ良く繰り返されているからだろうか。

取手駅近くに借りている駐車場の近所の紫陽花も、例年以上にたっぷりとした花をつけている。手持ちのデジカメはかなり接写が効くので、試しに思い切りレンズを近づけて撮ってみたら、期待以上にしっかりと撮れた。

さあ、今年はどんな夏になるだろうか。アジサイを見ていたら、なぜか熊野に行きたい気持ちがつのってきた。

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2008年6月26日

水無月二十六日の歌

梅雨寒の青き砂利こそ目に映ゆれ散りたる薔薇の赤を凌ぎて


梅雨寒である。それも、ちょっとびっくりするほどの梅雨寒だ。

昨日、日の暮れかけた道を取手駅から駐車場に向かう途中、半袖シャツでは妙に寒いと思ったが、どうやらあの頃を境に、関東の空気がすっかり入れ替わってしまったらしい。

今朝、取手駅近くに借りている駐車場で、バラの花びらの散っているのを何の気なしに写真に撮り、後でその写真をみて、思いがけない美しさに驚いた。

砂利の色とマッチして、なんだか宝石箱の中身のような色合いである。

せっかくの絶景を目の当たりにしても、写真を撮るのに夢中で、その景色を本当には味わっていないということがある。素人が絶景を写真に撮っても、たいていは本物にかなわない。

ところが逆に、何でもない日常の様子を何気なく写真に撮ると、後から見直してその深さに驚くということがある。素人写真のおもしろさは、案外こうしたところにある。

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2008年6月25日

水無月二十五日の歌

信州の旅の夢より覚めぬまましばし歩かむ黄昏の街


ふと気付いてみれば、四日前、潮来のあやめ祭りを見ているうちに、夏至になっていたのである。信州を彷徨った三日間は、夏至を過ぎていたのだ。

でも、大丈夫、夏至を過ぎても、しばらくは日の入りの時刻は早くならない。それどころか、今日の東京地方の日の入りは、夏至の日より一分遅い。

ただ、夏至を過ぎると日の出が遅くなるので、日の出ている時間は少しずつ短くなる。

今日は七時過ぎに取手駅に戻ってきたが、まだ薄暮状態だった。その代わり、日照が弱かったのでかなり涼しい。梅雨が明けて真夏になると、七時ではかなり暗くなっているはずだ。

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2008年6月24日

水無月二十四日の歌

木曾の道千本格子の戸の奥に醒めぬ宿場の夢こそ薫れ


今日は昨日までとはうってかわった上天気で、信州での仕事も気持ちよく運んだ。

写真は木曾街道の宿場町、奈良井宿の様子。昔の宿場街の様子が保存されている。休日は観光客でごった返すらしいが、今日はこんなに静かで、昔の面影が偲ばれる。

予定より早めに用が済んだので、最後に松本城に寄ったのだが、映したはずの写真が全然保存されていない。がっくりである。

とはいえ、今回の信州の旅はなかなか収穫の多い旅だった。やはり、一泊二日の仕事のついでに半日だけどこかに立ち寄るというのではなく、二泊三日のスケジュールにすると、少しは 「旅をした」 という気持ちになる。

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2008年6月23日

水無月二十三日の歌

下界より望めば雲の中ならむ雨の社に一人詣でぬ


いくら晴れ男の私でも、長野県内全域の大雨警報だの、洪水警報だのには敵わない。戸隠神社は大雨の中の参拝だった。

上の写真が戸隠神社の中社である。これだけサイズを縮小しても、目をこらすと雨の降っているのがわかりそうだ。

社殿の上の白っぽく見えるのは、あれは雲である。ここは、下界から見たら雨雲の中なのだ。

奥社まで歩こうと思って、傘を差してとぼとぼ歩き始めたら、本降りが豪雨に変わって、山の中の参道が濁流と化してしまったので、遭難するよりましだと思って諦めた。

途中で、米国人のヒッチハイカー、アレックス君を拾って長野まで乗せてあげる間に、戸隠そばをごちそうする。ヨガと禅が好きというだけあって、初めて食べたそばも気に入ったようだ。

下の写真は諏訪大社上社本宮。拝殿に向かって横っちょから入るという、珍しい造りの神社である。この件に関しては、「今日の一撃」 で解説しておいた (参照) ので、興味のある方はどうぞ。

諏訪大社の下社、春宮、秋宮を廻る頃には、だんだんと雨も上がってきて、明日の仕事は 「曇り時々晴れ」 の中でできそうである。

仕事になってしまうと、私の晴れ男ぶりは効き目がある。私は案外真面目なのかも知れない。

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2008年6月22日

水無月二十二日の歌

救はずにおかぬと言ひし本願を人忘るとも弥陀は忘れじ


朝早くつくばの地を発って、二百二十キロのドライブの後に信州長野に来ている。

梅雨前線が活発化していて、途中はかなり強い雨も降ったが、要所要所ではちゃんと雨が止む。私の晴れ男ぶりは、かなりしぶとい。

上の写真は、小諸懐古園の資料館の屋上から、浅間山を望んだところ。雲に覆われているのが残念だ。

小諸から長野に来る途中も、かなり強い雨になったが、善光寺に着いたときには上がっていて、ゆったりと参拝できた。

善光寺は特定宗派には属していないので、浄土宗系というわけではないが、本尊が阿弥陀如来ということのためなのか、多くの浄土宗系のお寺と同様、拝観料なしで入れる。ただ、「お戒壇巡り」 にはお金を払わなければならない。

私はお戒壇巡りで真っ暗な内陣を手探りで進み、極楽の錠前に確かに触れたので、往生の際には阿弥陀様にお迎えに来てもらう約束をしたことになるようなのである。

こちらがその約束を忘れさえしなければいいのかも知れない。明日は、戸隠神社と諏訪大社に行こうと思っている。

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2008年6月21日

水無月二十一日の歌

たつぷりと生クリームを盛りつけてグラスにあやめ飾り置きたし


明日からは信州に旅立つが、今日は仕事がらみで鹿嶋に行ってきた。

仕事を終えた帰り道、潮来を通りかかると、ちょうど 「あやめ祭り」 というのをやっている。まだ日が沈む前だったので、ちょっとだけ寄り道した。

潮来には何度も来たが、あやめ祭りの、しかもあやめがきちんと花盛りのタイミングで訪れたのは、今回が初めてである。確かに見事な咲きっぷりだった。

あやめ園には特設ステージも作られていて、夜になると歌謡ショーかなにかをやるらしい。まさか、ロックとかじゃないだろうという雰囲気である。もしかしたら、「潮来の伊太郎」 とか 「潮来花嫁さん」 なんか歌うのかしらん。

通路には、ろうそくを灯す竹筒も建てられていて、夜になると、かなり幻想的な雰囲気になるのだろうと思われた。

園内には 「潮来の伊太郎」 の銅像も建っていた。その存在は大分前に知って、そのことは 「今日の一撃」 にも書いた (参照) が、実物を見たのは、今回が初めてである。残念なことに、「潮来花嫁さん」 の方は探し当てられなかった。

そして、あやめというのは、見れば見るほどセクシーな花なのであった。「いずれあやめかかきつばた」 といわれるのもわかるような気がする。生クリームをたっぷりと載せて食べたくなるような花である。

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2008年6月20日

水無月二十日の歌

神田ではガードの上の地を這ひて通勤電車ただ走り去る


神田や新橋は、基本的にサラリーマンの街である。しかも、大企業というよりはどちらかというと中小企業につとめるオッサンの街である。

私はこの二つの街に縁がある。神田の方は、前に数年、そして最近また密接な関係先ができて通うようになった。

新橋の方も、以前、ゆりかもめへの乗り換えで三年ほど利用した。

どちらの駅も、ガード下に小さな店が軒を連ねているが、私はこれらの飲み屋に一度も入ったことがない。取手駅から車を運転して帰宅しなければならないというのが一番の理由だが、私はこうした飲み屋で飲もうという気にならない。

どうせ聞こえてくるのは愚痴か自慢話、あるいは野球とゴルフの話題といったところ。これらは私の嫌いな類の話題である。

というわけで、日が暮れたら神田の街には用はない。写真はごぉっと音を立てて、中央線の電車がガードの上を通り過ぎるところである。

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2008年6月19日

水無月十九日の歌

今日までが梅雨の中休みと聞けば小麦粉はさぞ水を吸ふらむ


昨日は倉庫の二階の 「オールナイトチョメチョメ」  (詳しくは、Today's Crack の今日付を参照) に行って遅くなってしまったので、今日は日の沈まないうちに取手に帰ってきた。

曇り時々雨という予報の割には、全然雨が降らなくて、夕暮れ時になってもうっすらと青空が見えたりする。取手駅西口周辺は、相変わらずムクドリの大群が大騒ぎしている。

早く帰宅したものの、今日は恒例のパン作りの仕事が待っている。四キロ近くの小麦粉をこねてパン生地を作るのだ。我が家のパンは正真正銘の天然酵母で全粒粉を発酵させるので、なかなか素朴でおいしい。

それに、私もこれで三十年近くもパン生地を作っているので、なかなか年季が入っているのである。

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2008年6月18日

水無月十八日の歌

白雲の流るる果てに我もまた流れ行かなむ五月雨の頃


今日までが梅雨の中休みなのだそうだ。週間天気予報をみると、明日からはずっと 「曇り時々雨」 の予報が続いている。降水確率も、五十~七十パーセントと高い。

日曜日から信州に発つのだが、お天気はあまり期待できないようだ。そうなると、あまり高いところの観光道路 (ビーナスラインとか) よりも、平地を見て回る方がいいかもしれない。

いずれにしても、車で出かけるのでどうにでもなる。あまり天気がよすぎるよりも、渋滞がなくていいかもしれない。

五月晴れ (本来の 「五月晴れ」 は、五月雨すなわち梅雨の合間の晴れ) の日を浴びて、白い外壁のビルが輝いている。しばらくはこんないい天気は期待できないだろうから、せいぜい日を浴びておきたいところだが、そんな日に限って、一日中デスクワークである。

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2008年6月17日

水無月十七日の歌

人はみな日暮れを眺め黙りゐる中距離電車の車窓の中で


日が長い。七時を過ぎてもまだ明るさが残っている。

私は上野駅から快速電車に乗って、終点の取手駅で降りるが、取手より先に帰る人たちは、中距離電車に乗る。

快速電車のホームの隣に停車中の中距離電車の窓が見える。ボックスシートの電車は、いかにも遠くまで帰るという雰囲気である。

深々とシートに座り、まだ暮れ残る外の景色を眺めている人たちは、快速電車で帰る我々とは少しだけ違った時間感覚をもっているように見える。

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2008年6月16日

水無月十六日の歌

終点の駅となりても暮れ残る空に昇るは十三夜月


梅雨はすっかりお休みモードに入ってしまったようで、今日も気持ちのいい晴天になってしまった。

取手駅に帰ってきたのは午後七時過ぎだが、空には十分に明るさが残っている。さすがに夏至直前だ。

ステーションビルの上に十三夜の月が昇っている。明後日が十五夜で、それまでは晴れるという予報だ。翌日からは雨になり、私の信州旅行は雨の中になりそうだ。

いくら晴れ男でも、梅雨の真っ最中なのだから、梅雨らしい信州もまたいいだろう。

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2008年6月15日

水無月十五日の歌

山鳴りの轟き揺れし地を望む空は日暮れてなほ青みあり


今日は日曜とはいえ、一日中出先で仕事で、日が暮れてから帰ってきた。

曇りがちとはいえ、昼からはよく晴れたので、日暮れてからも空は青みが残り、帰り道は気持ちのいいドライブだった。

昨日から地震のニュースは聞いていても、テレビを見る暇がないので、新聞の写真をみて、寸断された道路や崖崩れした山の姿に驚いている。想像していた以上にひどい状況のようだ。

この平和な空の向こうで、山が崩れているのである。不思議な気持ちにさえなる。

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2008年6月14日

水無月十四日の歌

遺伝子の奥でつながるみちのくの揺るれば我の奥も揺れたり


取手の利根川河川敷で、スポーツのイベントが行われている。土手には黄色の花が咲き乱れている。

出がけに地震があった。岩手・宮城内陸地震と名付けられた。名前が付くような地震を、宮城県は、この十年の間に何度も経験している。気の毒の限りである。

地震の直後だからだろうか、土手の写真も斜めの不安定な構図になった。

土手の上を雲雀が昇り、その遙か彼方を、成田空港に着陸する飛行機がゆったりと飛び去る。地震のあった東北は、ここから遙か彼方だが、私の中の遺伝子がつながっている。

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2008年6月13日

水無月十三日の歌

風吹きて空澄み渡りそして凪ぎその空映す水静かなり


昨夜遅く、空が晴れ渡って月夜になり、そのまま今朝もいい天気。これぞまことの五月晴れである。

朝、取手駅に行く途中、小貝川の岡堰を通り過ぎると、一杯に広がった水面には波もなく、澄み切った空が静かに映っている。

このままいい天気が続いて、今、帰りの電車の中で、和歌日記の更新中だ。

和歌は朝の段階で、上の句がほとんどできあがっていた。下の句の 「水静かなり」 もほとんど決まっていたから、もうこれで決まりである。

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2008年6月12日

水無月十二日の歌

取手まで戻り来たれる常磐線また折り返す虚ろになりて


夜中から結構な雨。朝から昼まではほとんど気温が上がらず、梅雨寒。夕方近くになってから少し晴れ間が見えて、ちょっとだけ暖かくなった。

今日はずっと仕事上でデータベース・プログラム作りに没頭していた。

マイクロソフト・オフィスの 「アクセス」 というデータベース・ソフトは、ほとんど五年ぶりぐらいにさわるので、操作法をかなり忘れている。思い出し思い出し、行ったり来たりしながら、それでもだんだんめざす方向に近づいてきている。

エクセルとかアクセスといった、いかにもコンピュータ・プログラムらしいソフトを使うのは、ある意味気持ちがいい。うまくやれば、こちらの思い通りの動きをきっちりと制御できるからである。

写真は常磐線取手駅のホームを写したもの。日が暮れてからの方が、朝方より暖かい。

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2008年6月11日

水無月十一日の歌

 遙かなる海の少しく温もれるを如何に知りてか梅雨の花咲く 


ラニーニャ現象が終わりかけているので、昨年ほどの猛暑にはならないだろうと、あちらこちらで言われ始めた。ああ、ありがたい。

昨年は夏の終わり頃になってから 「秋はまだか、まだか」 と、そればっかり言っていたような気がする。今年は、「もう秋だね」 と、さらりと言ってみたい。

と、三か月も先の話をしてしまったが、今年は梅雨らしい梅雨である。なかなか梅雨入りせずに、そして、梅雨入り宣言したとたんに梅雨の中休みみたいになった去年を思えば、今年はなかなか順調だ。

ドクダミの花がどんどん増えている。といっても、白い部分は本当は花ではなく、真ん中から突き出たちょっと黄緑っぽいのが、小さな花の集まりなんだそうだ。

でもまあ、白い部分を花だと思って愛でていても、誰に迷惑かけるでもなし、「ドクダミの白い花」 と思っていよう。

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2008年6月10日

水無月十日の歌

五月雨の注ぐ入り江に浮かびゐる小島の如く紫陽花は咲く


今日は昨日とはうってかわって、気持ちの良い晴天。出がけにわが家の裏の空き地に出てみると、いつの間にかアジサイがきれいに咲いていた。

こんなにきれいに咲いたのは、久しぶりである。向かいの家のご主人が、気合いを入れて世話してくれているおかげのようだ。

ただ、アジサイというのは雨の日に合うというイメージがあり、今日のような天気のいい日に見ても、あまりしみじみとした感じがしない。

きっと明日辺りはいい感じで眺められるだろう。

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2008年6月 9日

水無月九日の歌

川面には波紋の描く模様ありてその意味を知る年経る我は


朝から細かい雨が降っていて、こりゃ一日雨かと思っていたが、いつの間にか止んでしまった。しかし、夕方五時前後から急に大粒の雨になって、ちょっと驚いた。

朝の天気予報では雷がなるなどといわれていたので、早めに帰宅しないと、常磐線が止まってしまうのではないかと思い、早々に上野駅で電車に飛び乗ったが、案に相違して、取手駅に着いたらまだ曇り空で、路面が濡れてもいない。

今日はなかなか意外性のある天気である。

朝、わが家の階段の踊り場から裏の川を見下ろすと、川面に不思議な模様が出ている。波の細かいところと大まかなところがくっきりと分かれているのだ。

以前なら、どうしてこんな模様ができるのだろうと不思議に思うところだが、今年の私はそのわけを知っている。

川の真ん中ののっぺりと見えるところは、川底が浅く、向こう側の細かい波が立っているあたりは深いのだ。真ん中は今年の春までは土手だったところであり、その向こう側はしっかりと掘ってしまった辺りである。拡幅工事をしっかりと見守ったおかげで、それが理解できる

毎日眺めて暮らす川だけに、その底の様子さえありありとうかがわれる。川の表面には川の歴史が描かれる。そして、それを知る私は、たかだか三十年この川を見続けた私ではない。千年もの昔からここを知る 「年経る我」 である。

私の中の 「年経る我」 って、なんだかすごい。川の発する言葉さえ理解できそうなのである。

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2008年6月 8日

水無月八日の歌

麦秋の上を渡れば梅雨時の風も清かに頬を撫で行く


近頃は休耕田を利用して麦を作っている農家が多いようで、青々とした水田の一画が麦秋の褐色の色合いに染まっていたりする。

梅雨時の湿った風が、そこだけ乾いたように見えてしまうのが不思議だ。

久しぶりの雨の降らない土曜日を経過して、今日の日曜日は遅くなってから雨になるはずだったが、どうやら降らずに済みそうだ。

明日は曇りのち雨になるようだ。梅雨は梅雨らしくしとしと降ってくれる方が安心したりする。

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2008年6月 7日

水無月七日の歌

五月雨の雫に映る木の色は広き川にも揺れて漂ふ


朝のうちは晴れていたが、いつの間にか曇ってしまって、蒸し暑さもなんとなく我慢できるレベルという、微妙な天候。

溜まった仕事を一気に片付ける。ついでに中途半端になっていた衣替えも済ませる。冬物を奥にしまって、夏物だけを前面に出す。

ほころびかけたり、くたびれてしまった衣類は思い切り整理する。綿素材のものは切り刻んで、後で雑巾にする。穴の開いてしまった靴下などは、靴磨きに使う。ポリエステルのフリースなどは、家具や床磨きに結構使える。

クローゼットの中がすっきりと片づいた。持ち物は少ないに限る。写真は近所の小貝川の風景。水がたっぷりだ。

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2008年6月 6日

水無月六日の歌

黒雲の赤き入り日を呑み込みて降るか降らぬか今宵の雨は


今日は朝方に小雨が降ったが、それ以後は晴れた。これが本当の 「五月晴れ」 というものである。

昨日の日記に 「体がだるい」 などと書いたが、今日は大分回復した。私の体はどうも、雨降りよりもお天気の方が調子がよくなるみたいだ。

今日の東京の気温は二十八度まで上がったらしい。もう立派な夏である。

子どもの頃、うちの田舎は真夏でも三十度そこそこで、夏休みの間でも、最高気温が二十八度なんていう日がそれほど珍しくはなかった。ところが近頃は、夏になれば毎日三十二~三度ぐらいにはなる。東京や大阪と比べればまだましだが。

いくら関東の地とはいえ、梅雨に入ったばかりだというのに平気で二十八度になってしまうというのは、近頃の温暖化はやはり並大抵の話じゃないようだ。

夕方、またしても黒い雲が広がり始めた。一雨来るのだろうか、それともこのまま降らずに済むのだろうか。

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2008年6月 5日

水無月五日の歌

盛り上がり動かぬ木々の命より我が命いつ分かれ動きゐる


ここのところ、天気の変動が激しいせいか、体がだるい。風邪は治ったようだが、どうも疲れが残っているようだ。

新緑はすっかり濃い夏の緑に変わって、木々のシルエットもこんもりと大きくなった。取手駅西口ロータリーの木立も、すっかり大きくなっている。これが夕方になると、ムクドリの大群のねぐらになって、大変な騒ぎなのだが。

今日は美味しいものを食べてゆっくり寝ることにする。

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2008年6月 4日

水無月四日の歌

五月晴れ暮るる空なほ青き中に刷毛で撫でたる如き黒雲


天気予報は 「曇り」 だったが、実際には青空がのぞいて、梅雨入り三日目にして、もう梅雨の中休みみたいな天気の一日だった。

そういえば、今日は旧暦の五月一日である。ということは、「梅雨の合間の晴れ」 という本来の意味で、これが正真正銘の 「五月晴れ」 だ。

それにしても、取手駅周辺は高低差がはげしい。写真をみると、山の中腹から麓の町を撮ったようなイメージだが、実際は夕暮れ時に、私が借りている駐車場に向かう道から、利根川の方向を写しただけである。

夏の空である。刷毛で撫でたような雲が伸びている。このまま、週末まで晴れたり曇ったりの天気が続くらしい。

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2008年6月 3日

水無月三日の歌

梅雨に入り二日目の雨葉に受けてその花の数増やすどくだみ


梅雨入り二日目。今日は気温が昨日より八度は下がるという予報だったので、それなりに用心してアンダーシャツをしっかり着てきた。

ところが気温は確かに低いが、湿度が高いので、電車の中などはかなり蒸し暑く感じる。確かにこれは、梅雨の陽気である。

近頃、つくば周辺ではドクダミの花があちこちに咲いている。日に日に花の数が増えている。

この道ばたでよく見かける可憐な花が 「ドクダミ」 という名だということは、一昨年の今頃、初めて知った。その経緯に関しては、こちら と、その翌日の和歌日記を見ていただくとわかる。この姿と 「ドクダミ」 という名が結びついてしまったときは、ちょっとしたショックだった。

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2008年6月 2日

水無月二日の歌

坂東は梅雨入りせりとネットにて知れば舗道に雨降り来たり


今しがたネットのニュースをみたら、関東甲信も今日で梅雨入りしたようだ。去年よりずいぶん早い梅雨入りである。

そう思っていると、それまで曇っていたのに、さっと雨が降ってきた。なんだかできすぎだ。

近頃、気象庁が梅雨入り宣言すると翌日から晴れ渡るという皮肉な年が続いているが、今年の場合は、少なくとも明日も雨の予報である。

近頃、暑くなったり肌寒くなったりの繰り返しで、なかなか忙しいことである。体調には気をつけていたつもりだが、なんとなく風邪を引きかけているような気がする。

もっとも、私は風邪を引きかけてからの二枚腰が強くて、寝込むまでにはなかなか至らない。今日は早めに寝てさっさと回復するようにしよう。

神田の舗道のイチョウ並木は、今や新緑の色をとっくに卒業して、緑色がかなり濃くなってきた。植物の世界ではどんどん夏が進行している。

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2008年6月 1日

水無月一日の歌

「悩殺」 といふ花言葉釣り合はぬ薄紅葵風に揺れゐる


春先と夏しかなかったような五月が終わって、六月になった。とはいえ、旧暦では卯月四月の二十八日で、皐月にも入っていない。

旧暦で皐月になるのは、今週の水曜日から。梅雨の雨を五月雨というのは、旧暦では梅雨は五月だからである。そして、前にも何度か書いているが、「五月晴れ」 というのは、元々は梅雨時の晴れ間のことを言う。

今日は四日ぶりの晴れだが、まだ旧暦では四月だから、本来は、これでも五月晴れというにはまだ早い。

土手にマロウが咲いている。これは多分、我が家の庭で育てていたのがあちこちに飛んでいったのだと思う。別名、ゼニアオイとかウスベニアオイとか言うらしい。花言葉はなんと、「悩殺」 なんだそうだ。

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