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2008年9月30日

長月三十日の歌

この年の残りは僅かふた月とふと間違ふる長月三十日


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急に冷え込んでしまって、まるで晩秋のような雲行きだが、習慣天気予報だと、週末にもう一度暑くなるのだそうだ。

何が身体にこたえるかといって、一度涼しくなってまた暑くなるというのが、一番こたえる。

何となく喉が痛くて、風邪を引きかけたような気がしていたのだが、いつの間にか治ってしまった。夏にもそう言うことが一度あったような気がする。というわけで、この何年も寝込んだことがない。

今日のところはまだ肌寒いが、半袖シャツの出番をしっかり確保しておこう。

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2008年9月29日

長月二十九日の歌

彼岸過ぎ雨の冷たき夕暮れに語るべきこと一つとてなし


朝から雨降り。彼岸を過ぎたばかりなのに、晩秋の涼しさというか、肌寒さだ。

昨日までいた九州は、五日間ずっと天気に恵まれた。初日は曇り、二日目からはずっと晴れである。

天気予報では、二日目は日中から雨が降るはずだったのだが、見事に外れた。二日目の夜に大雨が降って雷まで鳴ったらしいが、そんなことは全然知らずに寝ていた。

九州は晴れ男の私が離れてから大雨らしい。

秋の夕暮れは、ことさらに語るべきことが浮かばない。ただありのまま見つめるだけの季節である。

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2008年9月28日

長月二十八日の歌

秋の日の照る里山の栗の木にわらわらとなる毬未だ青し


四泊五日の旅を終えて、日の暮れる前に羽田空港に帰ってきた。

東京の街も涼しい。聞けば九州でも急に涼しくなった一昨日あたりから、関東も急に涼しくなったという。

帰宅すると、出かける前とはうって変わって部屋の空気がひんやりとしてきている。

写真は、栗の実。まだ青いいがに包まれているが、間もなく地上に落ちてきそうだった。九州はさすがに広葉樹が多い。

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長月二十七日の歌

海山を貫く日射し千早振るかむながらなる道こそ照らせ


前日まではやや湿り気のある暑い陽気だったが、急に湿度が下がり、さわやかな秋の日となった。

さしもの九州も、すっかり秋である。

大村湾を見おろす山並みからは、神々しいまでの日の光が見渡せた。

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長月二十六日の歌

みんなみの透き通る日は地に注ぎハイビスカスの紅とこそなれ


佐世保の街を見おろすホテルのベランダには、鮮やかなハイビスカスの花が咲いていた。さすがに九州である。

この日までは蒸し暑さを感じさせる陽気だったので、この南国風の花が日の光に溶け込んで見えた。

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長月二十五日の歌

西海の九十九島の磯に寄る波は雲居の色と染まりぬ


昨日は、飛行機の上から富士山を真下に見おろすには絶好の日和だったのだが、座席が反対側だったため、南アルプスの景色を眺めただけだった。

それでも、学生時代にあるいた南アルプスの農鳥岳から北岳に続く尾根道をすぐ真下に見おろして、なんとなく懐かしい気持ちになった。

長崎県は西海国立公園内にある九十九島というところを遊覧船に乗って廻った。日本三景の松島よりもコンパクトに見どころが詰まっているような気がする。

ここには二百八の島があり、島の密度で言えば日本一なのだそうだ。実際に二百八の島があるのに 「九十九島」 とは、なんと慎ましやかな命名だろうか。

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2008年9月24日

長月二十四日の歌

地上より望めぬ富士を今日の日は雲の上より望まんとぞ思ふ


朝からからりとした晴天。日本の自然の良さは湿っぽいところにあるとは思うのだが、やはりこうしたからりとした日は気持ちがいい。

朝の取手駅のペデストリアンデッキから、都心方面にきれいな秋らしい青空が望まれる。

これから九州方面に飛ぶ。快適なフライトになりそうだ。地上からはさすがに見えないが、空からは富士山も望めるだろうと思う。

【業務連絡】

25日から 28日まで、インターネット接続困難なところに滞在します。更新ができない場合は、帰ってからまとめて更新しますのでよろしく。

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2008年9月23日

長月二十三日の歌

夜と言はず昼と言はずに鳴く虫も見上ぐるらむか鱗雲光る


今日はお彼岸。とは言いながら、天気のいい分、やや暑い。昨日が涼しすぎたので、余計に暑く感じるのかもしれない。

だが、空の色は秋色である。北の空に、うろこ雲が輝いている。この雲が見えれば、もう秋だ。

天気がいいと、夜と言わず昼と言わず、草の中から虫の音が聞える。虫たちはいつ寝ているのだろうと、余計な心配までしそうなほど鳴いている。

虫の声を吸い込んで、秋の空は、暮れ始めると早い。

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2008年9月22日

長月二十二日の歌

紅といふには淡き黄昏の雲間の色に彼岸を望む


明日は彼岸の中日。だいぶ日が短くなってきた。

朝からしとしと雨が降っていたが、夕方が近づくに連れて空が明るくなり、帰宅する頃には青空が見え始めていた。

靖国通りを西に向かって歩くと、彼方が少しだけピンク色に染まっている。紅というほどには濃くないので、夕焼けとはいえないだろうが、それでも、明日は少しは天気が回復する前兆に思えた。

明日は休日だが、明後日から日曜日まで缶詰になるので、その前の準備をしなければならない。

缶詰の間はインターネットに接続できないかもしれないが、後でまとめてアップすることにしよう。

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2008年9月21日

長月二十一日の歌

虫の音の蛙の声に消さるれば鷺はいつしか去りて秋雨


久しぶりの休日。とはいえ、ゆっくり休んではいられない。今週の長旅の前に、仕上げておかなければならない仕事が多すぎる。

朝から天気まで忙しい。気持ちよく晴れそうな気がしていたのだが、昼前から急に雲が濃くなって、雨になってしまった。

近頃、だんだんと秋の風情が濃くなって、夜は車で走っていても、道の端から虫の声が聞える。その虫の声は、我が家の周りでは、夜だけでなく朝といわず、昼といわず、一日中聞えている。

ところが、雨が本格的に降り出す前に、聞えてくるのは虫の声ではなく、蛙の鳴き声に変わった。いつの間にか裏の川に白鷺はいつの間にか飛び去っている。

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2008年9月20日

長月二十日の歌

秋の日は早過ぎにけり夕暮れを心に刻むこともなきまま


台風は関東の南海上を通り過ぎてくれたようで、さほど大きな影響は被らなかった。午前中は時々小雨が降ったが、昼からはすっかり晴れ渡ってしまった。

ただ、あまりにも台風の影響が小さかったおかげで、うまくいけば (?) 中止になるかもしれないと思っていたようなイベントもすべて予定通り行われたので、一日中結構忙しかった。

というわけで、和歌ログ用の写真を撮る間もなくあっという間に日が暮れてしまった。仕方がないので、帰りの車の中で、ハンドルの上で適当にカメラを構えて時々シャッターを押していたら、一枚だけちょっとおもしろい写真が撮れた。

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2008年9月19日

長月十九日の歌

群れを離れ刈田を歩く白鷺のただ当然に一羽なりけり


台風十三号は、紀伊半島に上陸したんだかかすめたんだかしたらしい。関東は今夜から明日の朝にかけてがが山場のようだ。

朝、出がけに田んぼの中の抜け道を通ると、刈田に白鷺が集まって落ち穂をあさっている。白鷺は一羽だけで立っているのが風情があるという人が多いが、この季節は拾いやすいところに多くの鷺が集まってゴチャゴチャになっていることが多い。

しかし、鷺の世界にもひねくれ者がいるようで、群れるのを潔しとしないやつがいる。この写真の鷺もそんな性格のようで、ちょっと離れたところに集団がいるのに、こいつは一羽だけでのほほんとしている。

この鷺が人間だったら、気が合うかもしれないと思ったりする。

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2008年9月18日

長月十八日の歌

日暮るれば線路を伝ひ吹く風の腕に涼しや彼岸近づく


今朝は JR 常磐線我孫子駅付近の架線トラブルとやらで、朝の通勤電車が三時間ぐらい止まってしまい、予定が大幅に乱れてしまった。

昼のニュースで見たら、架線トラブルどころか、架線が切断されて垂れ下がっていたという。それでは三時間止まってしまうのも道理か。

当初は九時頃には運転再開の見込みなんていうから大人しく待っていたが、九時半頃になってようやく再開。ようやく動くかと思えば、動くのは特急列車ばかりで、快速電車は九時四十分頃にようやく動いた。やれやれ。

帰りの電車の中で、「常磐線が遅れまして大変申し訳ありませんでした」 と、今朝の事故を詫びるアナウンスが繰り返される。律儀なものである。そこまで詫びなくてもいいよという気もするが。

取手駅にたどり着いてみれば、いつもの駅。吹く風が半袖の腕に涼しい。来週はお彼岸だ。

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2008年9月17日

長月十七日の歌

やうやくにつくつく法師鳴き始む暑いようとは聞こゆるものの


今月一日の "Today's Crack" に、「ツクツクホウシがまだ鳴かない」 という記事を書いた (参照)。

和歌ログの過去ログをみると、昨年は八月十九日に 「ツクツクホウシの鳴き声が目立ってきた」 と書いている (参照)。ところが今年は、少なくともつくば周辺では、八月中にはツクツクホウシの声を聞かなかったのである。

それが、ようやく先週あたりからちらほらと聞こえ始めた。例年と比べると、少なくとも三週間ぐらい遅れている。

ツクツクホウシの鳴き声は、「ツクツクホウシ、ツクツクホウシ …… 暑いよ~、暑いよ~」 と聞こえるという人がいる。なるほど、そう言われればそう聞こえなくもない。

しかし、今頃になって鳴き始めると、「暑いよ~」 という実感はそれほどない。彼岸を前にして、かなり秋の感覚が強くなってきた。

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2008年9月16日

長月十六日の歌

シャーペンをくるくる廻し宿題をこなす女生徒左の席に


ちょっと仕事が押し気味で、帰宅してからまた夜中まで PC に向かわなければならないみたいだ。

で、仕事ばっかりというのもなんだから、ちょっとだけスタバに立ち寄ってコーヒーを一杯飲んでいる。コーヒーというのは不思議な飲み物で、どんなに忙しくても、一杯飲み干すまではゆったりとした気持ちになれる。

昔は、酒を一杯ひっかけながらでも仕事ができたが、近頃はだめだ。一杯飲むとすぐに眠くなってしまう。目を開けていられなくなってしまうのだ。

コーヒーはそんなこともないのでありがたい。もっとも、私はコーヒーや濃いお茶を飲んでも目がさえて眠れなくなるなんてことはない。気を許すとすぐに眠ってしまう。不眠症とは無縁である。

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2008年9月15日

長月十五日の歌

二千年前の林の発掘の如くファイルは蘇りたり


昨日の日記で、魚津の埋没林博物館や蜃気楼の丘で写した写真が消えてしまったと嘆いたが、執念で読み出しに成功した。

このまま消えっぱなしでは諦めきれず、ファイル復元ソフトを買ってきて、ようやくのことで、五割以上は復元させることができた。

埋没林博物館とは、二千年前の温暖化による海水面の上昇で水没した杉の樹根を、そのまま保存したものである。発掘したままの状態の上に建物を建てて中をプールにしてしまい、低温の地下水を常に循環させてバクテリアによる腐食を防いでいる

何十枚も気合いを入れて撮った中で、これが一番雰囲気がある。地下室まで降りて、プールの横のガラス窓から写したものだ。なかなか神秘的である。

奇しくも、二千年前の杉の根を昭和二十七年に発掘して見つけ出したように、私もファイル復元ソフトでこの写真を必死に掘り当てたのであった。

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2008年9月14日

長月十四日の歌

この海を海豚の我は泳ぎゐて蜃気楼にて宙を飛びたり


富山県への出張を終えて、今、上越新幹線で東京に向かっている。

昨夜は魚津のホテルに泊まり、今日は昼頃に 「埋没林博物館」 というところを見学した。二千年前の海水面上昇によって水面下に没した杉の原生林の樹根が昭和二十七年に発見され、一部そのままの状態で保存されている。

発見された状態のままで、廻りを囲い、保存してある水槽まである。なかなか神秘的なもので、私は感動してしまい、気合いを入れて何枚も写真を撮った。

しかし、非常に残念なことに、なぜかその写真が保存されていないのである。途中までは何度も保存されてあるのを確認していたのだが、いざ取り出してパソコンに保存しようとしたら、消えている。

埋没林博物館の廻りの海は、「蜃気楼の見える海」 だそうで、今は季節的には蜃気楼が生じにくいらしいが、それでも、なんとなく雰囲気はわかった。水平線を注視していると、ときどき水面の上に白い光の帯が走っては消える。この光の帯がずっと消えないぐらいになると、多分蜃気楼が発生するのだろうという気がした。

その光の帯が走るところもきちんと写したはずなのに、保存されていない。本当にショックである。というわけで、今日は辛うじて消えていなかった魚津神社の写真である。

そう言えば、先々月に信州に行ったときも、松本城を写した時間帯の写真がごっそり消えていた。気を付けなければならない。

まあ、写真が消えたのを別にすれば、仕事はとてもうまく進んだし、おいしい魚を思い切り食べたし、天気も良かったし、なかなかいい旅ではあった。

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2008年9月13日

長月十三日の歌

その昔海豚の身にてありし頃白馬越えて我は泳ぎぬ


仕事で富山県黒部市に来ている。さすが三連休の初日、越後湯沢から乗り換える特急はくたかの指定券が取れず、満員の自由席で立ちっぱなしようやく着いた。今日の泊まりは魚津市。

空は晴れてはいるが、北アルプス方面は雲に隠れて見えない。しかし、五時をすぎた頃、ようやく少しずつ遠くが望めるようになった。うっすらと見えるのが白馬岳らしい。

平地から望んでも山の向こうにまた山が見えるというのは、やはりすごい。

明日は帰るだけだから、少し魚津周辺を歩いてからにしてみよう。もう一泊してみようかとも思っていたが、三連休の最終日は指定券が取れなかったので、明日の午後には帰ろうと思う。

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2008年9月12日

長月十二日の歌

白鷺はたださざ波を見るらむか己が真白き影を見ゐるか


近頃、白鷺ばかりである。何しろ家の周囲に目立つのだから仕方がない。

今朝目を覚まして、階段の踊り場から裏の川を見ると、すぐそこに 1羽の白鷺が優雅に佇んでいた。一昨日のと同じ鷺だろうか。

今日いる地点は一昨日いたところよりも水深が深くて、脚の半分以上が水面下にある。そして、鷺の姿がきれいに水に映っている。

鷺は水に映る像を自分の姿であるとしっかり認識しているのだろうか。それとももっと別のものを見ているのだろうか。

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2008年9月11日

長月十一日の歌

風渡る朝の刈田のをちこちに落ち穂を拾ふ白き鷺見ゆ


急に稲刈りが進み始めた。近頃はコンバインでどんどん刈り取るので、一度始まったら早い。みるまに刈田が増えていく。

最近、急に白鷺の姿が目立ち始めた。見晴らしのよくなった刈田のあちこちに、白い姿が見える。

この季節に山奥から里に下りて来るというわけでもないのだろうが、刈田はえさになる落ち穂が多いので、川原などにいた鷺たちまで集まってくるのだろう。

それにしても、朱鷺は絶滅しかけているのに、白鷺はずいぶんしぶとく生き残っているなあと思い、調べてみたら、動物学的には 「シラサギ」 という種類のサギはいないんだそうだ。

Wikipedia には、「コウノトリ目サギ科のうちほぼ全身が白いサギ類の総称で、ダイサギ、チュウサギ、コサギ、カラシラサギを指す」 とある (参照)。いやはや、いくつになっても知らないことだらけである。

というわけで、今日はこだわって、「白鷺」 ではなく 「白き鷺」 としてみた。

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2008年9月10日

長月十日の歌

秋の日を受けてさざ波立つ川の浅きに鷺の一羽立ちゐる


雷と豪雨の日々がようやく終わって、裏の川の水かさもどんどん引いてきた。今朝は、一羽の白鷺が、川の真ん中当たりに立っているのが見えた。

水かさが引いてしまえば、鷺の長い足の真ん中の間接が水面のずっと上に出てしまうほどの深さである。平和な景色だ。

朝の日を斜めに受けて、水面のさざ波がきれいである。ようやく秋らしくなってきた。

田んぼも乾いてきたので、ようやく稲刈りが本格的に始まった。田んぼが湿ってずぶずぶだと、稲刈りのコンバインが入れないので、手が付けられなかったらしい。

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2008年9月 9日

長月九日の歌

この空は海にて我は海豚なり水面 (みなも) おぼろに宇宙を望む


以下にも重陽の節句らしい、残暑はあってもからりとした一日になった。ようやく大雨と雷の日々からは別れを告げられそうだ。

神田の昭和通りから空を見上げても、雲一つ見えない。高速道路の下の影が濃いコントラストになる。

重陽の節句は 「菊の節句」 とも呼ばれるが、我が家の廻りでは、まだ菊の花は目立たない。それどころか、昨日のログにあるように、紫陽花が狂い咲きしたりしている。

なんだかよくわからない重陽の節句だが、気持ちのいい一日になったことはありがたい。

近頃、天気が極端から極端に振れがちなので、この天気はしばらく続いてくれそうだ。富山に出張となる土曜、日曜も、曇りときどき晴れぐらいに落ち着きそうである。

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2008年9月 8日

長月八日の歌

紫陽花の狂い咲きする秋の日に未だ踏まざる熊野路を思ふ


常磐線取手駅の近くに借りている駐車場は、すり鉢の底のような地形にあり、どこに行くにも急な上り坂である。

朝に駐車場に着いて、駅に向かう時には息が切れる。それでも、自然に運動になるのはありがたいと思って、他に移らないでいる。

夜になって駐車場に戻る時には楽かというと、そうでもない。急な下り坂を下るというのも、けっこうな運動である。

その駐車場の近くの林の端に、紫陽花の木があり、梅雨時にはきれいな花を咲かせる。今年六月二十七日の和歌日記でも写真入りで詠っている。こんなような歌だ。

紫陽花のたつぷりと咲くこの梅雨の明くれば我は熊野に行かむ

梅雨が明けたら熊野に行きたいと詠っているのだが、実はまだ行っていない。熊野は大阪からも結構遠いので、出張のついでにちょっと立ち寄るというわけにもいかない。その気で行かないと行けないところのようなのだ。

私が熊野に行けないままにぐずぐずしているものだから、この駐車場の近くの紫陽花が、せかすように狂い咲きしてしまった。見事なボリュームで咲き誇っている。

いくら紫陽花にせかされても、なかなか熊野に行く機会には恵まれないでいる。ああ、今年か来年には行きたいものだ。

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2008年9月 7日

長月七日の歌

白露なる日の暮れかけて僅かにも雲の絶え間の紅に染む 


今日は白露。「陰気ようやく重なりて露にごりて白色となれば也」 と解説されている。

予報では午後から雨ということだったが、それほどのこともなく、ほぼ気持ちのいい一日として過ごすことができた。

日の暮れる頃、西の空がやや夕焼けがかって見えたが、やがて雷が光りだした。また雷雨になるかと思ったが、ほんの少しぽつりぽつりと降っただけですんだ。

ところが、カーラジオをつけると、多摩西部や湘南地方などで大雨洪水警報が出されている。相変わらずだ。静かな秋はいつになったら来るのだろう。

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2008年9月 6日

長月六日の歌

水面下の数日を経し土手の草は久方の日をいかに見るらむ


豪雨と雷が少しなりをひそめて、我が家の裏手の川の水位も、大分下がってきた。川の土手の下の方の、泥の色に染まったあたりが、水位が下がって露出したところである。

風も弱いので川面に波が立たず、その土手がきれいに逆さまに映っている。

日が暮れてからのニュースを聞いていると、東京都多摩西部や栃木、群馬の山沿いに、またしても大雨洪水警報が出されている。

天気図を見てみると、停滞していた前線はようやく消滅したようで、明日は関西方面が移動性高気圧に覆われる。この傾向が定着すれば、秋らしい季節感が強まるだろうが、まだまだ紆余曲折がありそうだ。

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2008年9月 5日

長月五日の歌

ビル街の裏通りより見上ぐれば白馬翔けて峡谷の雲


このところ毎日うんざりしていた湿り気が、今日は少しは減ったような気がする。ビルの谷間から見上げる空も、さらりとした青空だ。

白い筋雲をみると、いかにも秋の空を見上げている気がする。今夜は気温が下がっても、それほど湿度が上がらずに、寝付きやすいんじゃなかろうか。

来週の土曜日、富山県黒部市に出張することになった。その日は魚津に一泊するので、翌日は黒部の峡谷を辿れそうだ。いっそのこと、翌々日も祭日で予定が空いているから、二泊してしまおうかなんて考えている。

白馬岳の北アルプスの景色が呼んでいる。

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2008年9月 4日

長月四日の歌

朝ごとに田の畦道の決まりたる場所に一羽の鷺の待ちゐる


毎朝、車で常磐線取手駅に行くときに、田んぼの中の近道を通る。

昨年の今頃は、もう稲刈りが始まっていたが、今年は八月後半から日照が少ないためか、まだ始まっていない。とはいえ、最近は稲の穂もかなり色づいて頭を垂れてきた。

この田んぼの中の近道で、近頃いつも白鷺に出会う。毎朝同じような時刻に通ると、田んぼの畦の同じ場所に佇んでぼうっとしている。

多分、この白鷺のとっておきのお気に入りスポットなんだろう。

構わず近づいていくと、五十メートルほどの距離になったところで、面倒くさそうに飛び立って、別の場所に移る。邪魔をしたみたいで申し訳ないが、こちらも急いでいるので仕方がない。

今朝も、鷺はやはり同じところにいる。たまたま時間にちょっと余裕があったので、スピードを落として歩くような速さでそろそろと近づいていくと、いつもよりずっと間近まで寄ることができた。

そこでいきなりカメラを出したら、驚いて逃げてしまうだろうから、そうっとさりげなく取り出して、目立たないように構えて写してみた。鷺をこんなに大きく写せたのは初めてである。縮小する前の画像では、白目と黒目の境目まではっきりと映っている。

もう少し近づきたかったが、さすがに逃げられてしまった。これから時間をかけて、少しずつ距離を詰めてみようかとも思う。

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2008年9月 3日

長月三日の歌

ひむがしに何を求めて東京の猿は行くらむビル渡りつつ


昨日はビックリするほどの蒸し暑さだった。今日は暑いには暑いが、昨日ほどの湿度はないので、まだなんとかなる。

昨日は洋服でも新聞でも、触るものすべてがぬめっとして、というか、ぬた~っとして気持ち悪かったが、ようやく少しはましになった。

いつも通り過ぎる中華料理店の看板に 「柏園」 とある。これまでずっと、中華料理店だから 「はくえん」 と読むのかと思っていたが、その下に小さく書いてあるローマ字をみたら "Kashiwaen" つまり 「かしわえん」 だった。世の中わからないものである。

こだわるわけじゃないが、「かしわえん」 より 「はくえん」 の方がもっともらしい感じがしそうだがなあ。さらに 「はくえん」 というと、五代目市川団十郎が俳号として名乗った 「白猿」 という名前を思い出し、そこからさらに、最近東京の街を騒がせている猿まで連想した。

この猿は、先月中頃に小金井市と世田谷区で目撃され、20日に渋谷駅で大騒ぎを引き起こしたのと同じ猿だと思われている。そして今月 1日には神田小川町に現れた。だんだん東に向かっているようなので、今日あたりは、私がいつも出没する神田岩本町近辺でみかけても不思議じゃない。

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2008年9月 2日

長月二日の歌

久方の光を映し千切れては流るる雲の見ゆる黄昏


またしても真夏日。一度涼しくなりかけていただけに、ちょっと身体にこたえる暑さだ。

とはいえ、青空が見える中を、雨と雷の心配なしに帰宅できるというのは、久しぶりのような気がする。しばらく雷雨は勘弁してほしい。

夕方、秋葉原に寄って、USB 切り替えスイッチを購入。デスクトップとモバイルノートで、それぞれに一本ずつケーブルをつなぐと面倒なことになるから、間にスイッチをかませてシンプルに結ぼうというわけだ。

秋葉原駅の周囲は、近頃ずいぶんすっきりとモダンな風景になってしまった。昔の秋葉原を知っているものには、今でもむずむず感がある。

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2008年9月 1日

長月一日の歌

坂東につくつく法師鳴く声の聞こえぬうちに夏は行くなり


今日から九月になってしまった。学校の夏休みも終わり、二学期である。もっとも、私の生まれた庄内は、夏休みは八月二十三日ぐらいまでだった。

子供の頃は、「東京の子たちは八月末まで休めるらしいのに、どうしてこっちは夏休みが短いんだろう」 と思っていた。その分、冬休みが長いとは知らなかった。

もっとも、関東でも夏休み短縮の動きが出ているらしい。例の 「ゆとり」 教育の弊害で、「羮に懲りて膾を吹く」 的な発想だ。

ゆとり教育が悪かったわけではなく、ゆとり教育に適した教え方のノウハウがない教育界が悪かったのだと、私は思っているのだが。

ところで、今年のつくば周辺は、まだツクツクホウシの鳴き声が聞こえない。一体どうなっているのか、私は気にかかっている。

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