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2009年5月13日

鳥はまず、さえずりだった

鳥は昔さへづりなりきその声に姿与へし者ぞありける


Wakalog_090513 初夏である。いや、暑さだけで言ったら、真夏に近い。本当の真夏になったら、どんなことになるんだろう。

関東はまだいい。関西なんて大変だ。先日大阪在住のカメラマンと一緒に仕事をしたら、彼は 「近頃、夏が近づくと毎年、『今年の夏は越せるだろうか』 と心配になりますよ」 と言っていた。

夜明けが早くなったので、目が覚める頃には、世界は鳥のさえずりで溢れている。なかなかいいものだ。

人間にとって、鳥というのはまず、その鳴き声である。鳴き声の認識の方が先だ。そしてその後に姿を認識する。姿が認識されればまだいい方で、「声はすれども」 で、姿を見たことのない鳥だっている。

鳥というのは、まずさえずりとして存在したのであって、そのさえずりに、神は姿を与えたのかも知れないと思ったりする。

Long ago, birds used be chirping
Somebody gave shapes to the chirping

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